BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㉒

《質問》
 

弊社では今後マーケティングリサーチの一環としてビッグデータの取り扱いを検討しています。その理由は、データから得られる様々な要因を元に、新技術や新製品の開発に生かそうというものです。昨今ビッグデータが宝の山のように言われ、弊社としてもその貴重なデータをなんとか自社の企業価値向上のために生かせることができないか、と考えています。そこでビッグデータをマーケティングに応用する場合の注意点や課題などがありましたら教えていただきたく、ご相談する次第です(電気機器メーカー・マーケティング本部マーケティング担当)
 

《回答》
 

最近話題になっているビッグデータをマーケティングに応用する傾向は今後様々な企業で普及してくると思います。しかし結論を申し上げますと、まだ時期尚早です。
 

おそらく現状のデータでは、あまりにも巨大すぎて各企業がマーケティングに生かそうとしても、コストばかりかかって有意義な結果は見いだせないでしょう。その理由は、まずビッグデータと称されるものはすべて「過去」のデータであり、必ずしも将来の需要動向を表しているものではないと言うことです。
 

もし仮にビッグデータがマーケティングに有効性を持つなら、それを活用したすべての企業がヒット商品を連発するはずですが、資本主義社会はある意味で競争社会ですから全企業がヒット商品に恵まれて勝ち残ることは現実的ではありません。と言うより、ヒット商品はそんなに簡単に生まれるものではありません。まして過去のいわば客観的最大公約数としてしか見られないようなデータを元に、売れる商品を開発すること自体コスト効率が良いとは思えません。
 

そもそもビッグデータは、その規模の違いこそあれほとんどが前述したように過去の人間や企業の購買形態や嗜好、属性、行動様式をデータ化したものです。その意味では、統計分野や役所での過去データの把握や解析には役に立つかも知れません。しかし民間企業で未来をめざすマーケティング分野では、おそらくほとんど役に立たないか、そのデータの取り扱いに四苦八苦するでしょう。
 

そこで、「いやそんなことはない。データ解析はすべてコンピュータで行えば抜群の効率化が期待できる」と言った反論が予想されます。しかしここにデジタル社会の大きな落とし穴が潜んでいるのです。仮にデータ解析用のアルゴリズムを設計したとしても、それは単なるプログラムにしか過ぎません。つまり同じようなプログラムを使用すればどんな企業でも同じ結果が現れてくるのです。それが競争社会におけるマーケティングに本当に役立つでしょうか?
 

もっとも分かりやすい例は、ネットショップ大手が行っている「リコメンド機能」です。今や多くのネットショップが行っていますが、これは過去の購買データを元にして「あなたの好みはこの商品でしょう」のように、聞きもしないのにうるさく画面に表示されるものです。それが「あっ、そうだ。これが欲しかったんだ」というのであればいいですが、現状では過去に購入した商品と似たような商品しか表示されません。ある意味ではユーザーに購入意欲の限定を強いることにもなりますし、むしろセリングとしてはマイナスの要因となります。
 

これがビッグデータの限界です。つまり購入者の過去の嗜好は解析できても、未来の嗜好まではデータとして出せないのです。こんな状況でマーケティングに役立つはずがありません。
 

さらに問題だと思われるのが、ビッグデータは誰もがどんな企業もが入手できる汎用的なデータだと言うことです。だからこそできるだけ早くビッグテータを取り込んでマーケティングに役立てたい、と言う気持ちが逸るのは理解できます。しかしこれは多人数での会議や情報共有と非常に似た性格を持っています。言うまでもなく、ヒット商品は会議で多くの意見を参考にしたり情報共有したからと言って容易く生まれるものではありません。
 

アップルのスティーブ・ジョブズが述べたように「欲しいものはあなたの心の中にある」のです。言うなれば、欲しいものは本人も気がついていない心の深層分野に存在していると言うことです。データ解析でその深層心理を顕在化することは、現在の技術、おそらく将来的にも不可能に近いでしょう。それほど人間の心理は複雑で先が読めないものなのです。したがって人間不在のマーケティングやデータ解析はまったく意味がないと言えます。
 

一方BtoB分野は組織購買であるため、ある程度ビッグデータが活用できそうにも思われますが、ここでも大きな罠が潜んでいます。まず企業(組織)は個人の集合体です。そして最終的な購買決裁は個人(組織人)が行います。組織購買の場合は個人の嗜好や感情は無視すべきですから、前述のような人間の複雑性の影響は受けないように思われるでしょう。だからビッグデータは役に立つと短絡的に考えがちですが、重要なのは取引企業の将来の開発志向や設備投資の傾向を解析することです。しかしこのような重要事項をビッグデータから解析されるような危険な情報を企業自らが発信するはずはありません。したがってBtoB分野においてもビッグデータの活用によって、期待するほどの効果は得られないと考えます。
 

ビッグデータの導入やマーケティングに生かすことについて、否定的な意見ばかり述べていますが、データの使いようによっては極めて有効な場合も考えられます。
 

前述したようにビッグデータは過去のデータであり、いわば過去の社会状況を表しているとも言えます。
 

売れる新商品開発で最も大事なことは、消費者も気がついていない「課題」を解決する商品であることは言うまでもありません。ビッグデータを元にして、社会における将来の課題を探索することはある程度可能ですし、それを新商品(ソリューション)開発に生かすことも興味深いことです。しかしここで気をつけなければならないのは、データ解析をプログラムで行ってしまうことです。そうすれば確かに過去の課題は明確化されるでしょう。でも競合企業が同じようなことをすれば、結局同じ結果を持つことになります。
 

重要なのはここからです。自社独自の技術や他企業とのアライアンスによって課題に対するソリューションをどのように開発していくのか、が企業に課せられた大きな課題でもあるのです。しかもソリューション開発はもうプログラムでは不可能です。結局は企業に属する個々人の勘や未来を見通す能力がものを言うのですが、残念ながら最近それらの劣化が著しく、その能力開発は至難の業と言わざるをえません。
 

したがってビッグデータをマーケティングに活用するには、まず困難であるにせよデジタルに頼らない個々人のスキルアップが先決で、それとワンセットで導入しないことには膨大なデータに手をこまねくだけになってしまいます。
むしろマーケティング分野ではなく、ビッグデータの特性から施設管理やパレートの法則等とリンクさせた生産性の向上をめざす方が現実的だと考えます。