BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊷

《質問》

弊社は年間売上高1000億円の中堅機械メーカーです。昨今マーケティング分野でもAIが注目され、将来は人工知能によるマーケティング活動が不可欠となる勢いです。そこで質問させていただきたいのですが、本当にマーケティング分野でAIは有効なのでしょうか? 私自身AIそのものがよく理解できていないこともありますが、もし将来的にAIマーケティングが主流になるのなら今から準備を進めたいと考えております。(機械メーカー・マーケティング部)

《回答》

おっしゃるとおり最近はAIマーケティングに関するセミナーなどが多く、あたかもこれからのマーケティング担当者はAIを熟知していなければ立ち遅れるような印象が見受けられます。

結論をまず申し上げますとAIマーケティングはBtoC分野では少なからず課題はあるにせよ有効だと思いますがBtoB分野ではあまりにも課題が大きすぎます。

その前にAIマーケティングで言われているところの「マーケティング」の定義を明確にしておく必要があります。最近はマーケティングの単語が氾濫し、商品の販売やプロモーションに関するプロセスすべてがマーケティングと称されているきらいがあり、それが余計にAIマーケティングの理解度を阻害しているように思います。

マーケティングの定義は、ピーター・ドラッカーによる説が有力ですが、ここではマーケティングとは「最終的にセリング(販売)を不要にするもの」と定義されています。つまりマーケティングが完全であれば黙っていても商品は売れる、と言うことです。しかし本欄の別項でも述べたとおり、とりわけBtoB分野でのビジネスではマーケティングで商品が売れることはほとんどありません。よくヒット商品(あまりヒットしているとは思いませんが)の成功事例としてマーケティングの勝利、のような記述が見られますが、それはマーケティングを徹底して行った結果セリングも同調しヒット商品になり得た、と考えられます。ここでは最終的に刈り取りを行うのはセリングなのです。

このことから推測すると、どうも最近はドラッカーの論理は不可能だと判断し、マーケティングの定義を「セリングを不要にする」から「セリングを補強する」に変化してきているように感じます。つまり、言葉は目新しいですが結局のところマーケティングというのは「販売促進」や「販売助成」と定義せざるを得ないのです。この分野はかなり昔から存在していたものでありマーケティングと名称が変わっただけと理解して良いかと思います。

さてマーケティングを販売促進や販売を目的としたコミュニケーション活動などと見なせばそこにAIの関与する余地は十分あります。AIによってこれらの作業を自動化することは十分可能です。それこそBtoC分野ではセリングまで自動化できるかも知れません。BtoB分野でセリングの自動化が出来ない理由は後述します。

AIマーケティングの可能性を認めたところで、その課題について考えてみたいと思います。まずマーケティングはさておきAIについては基本となるデータはいわゆるビッグデータです。AIに不可欠なのはディープラーニング(深層学習)ですが、それには膨大な量のデータを必要とします。将来のAIは単なるプログラムからAI自身が学習プログラムを作成するようなニューラルネットワーク(神経回路網)が主流になると思われますが、それでも基本となるデータは不可欠なのです。ニューラルネットワークと言えばまさに人間の脳でのニューロンの働きと同じように考えられますが、残念ながら人間と違ってAI自ら経験を積むことは出来ませんので、データや経験則を入力させることがどうしても必要となってきます。そのデータや経験則がマーケットリサーチや個人の嗜好性などさまざまなデータなのです。これらのデータをAI独自のアルゴリズム(計算式)で算出し、最適な結果を提供するのです。

このAIがアルゴリズムによって作動しているところに大きな課題が潜んでいることに気づきます。マーケティング活動はたとえそれが販売促進であれマーケティングコミュニケーションであれ、対象は人間そのものなのです。そして人間には不可解な行動や心理変容がつきものです。たとえばAという商品を買うつもりで商店に行ったところ、結局は買う気もなかったBという商品を買ってしまった経験は誰にもあると思います。

このような心変わりや気変わりさらには予測不可能な行動の変化は動物など脳を持っている生物の特徴なのです。そしてこの心変わりや態度変容は「変数」と言えます。一方でAIのアルゴリズムは膨大なデータから構築した定数が基本となって動作します。

定数で構築されたアルゴリズムに変数が入り込む余地を作ればもっと現実的なAIも可能でしょうが、それも人間が入力しなければなりませんし変数であるが故に何が変数なのかも理解できないため、これはほぼ不可能に近いでしょう。ではAI自体が変数を見つけてそれをアルゴリズムに組み込む可能性について考えてみましょう。その可能性はなくはないですが、変数自体に又別の変数を生じさせる特性を持っています。そうするとAIのアルゴリズムは変数だらけになってしまいます。こうなるともうアルゴリズムとは呼べない代物で我々人間が「勘」で結果を出すことに似たような形になるわけです。つまりAIの最大の弱点は変数に対する対応が未熟であることであり、また一方ではこの変数がマーケティングの妙味でもあるのです。このことからマーケティングにAIを活用するにはかなり大きな課題を克服しなければなりません。

もう一つ前述したようにBtoB分野でAIマーケティングが生かし切れない理由に、BtoB分野は組織購買であることです。そこではまず組織の変数をどのように見分けるか、これは企業によって独自の組織風土がありますからかなり難しい課題です。さらに組織を構成する個人の変数は前述したとおりです。企業だからすべて合理的に購買判断されているならともかく、多くの場合組織の属する個人の考えや好みによって購買判断されるケースは少なくありません。酷い場合は最終決済まで行っていた案件が、社長のお気に入りの業者に急遽変更させられる場合もあります。このようにむしろBtoB分野の方がAIのアルゴリズムを阻害する変数の存在は大きいと思われます。

さらに日本企業独特の課題として、コンプライアンスの関係上「稟議制度」が存在することです。いくらAIを駆使したマーケティング活動を行っても企業の稟議プロセスにまで入り込むことは出来ません。そしてその稟議に多くの変数が関わっているのもまた事実なのです。このようにAIマーケティングはたとえ販売促進レベルであったとしても少なくともBtoB分野ではまだ課題が多すぎると考えています。

最後に決定的な課題を申し添えておきます。もし最高に優れたマーケティングが可能なAIが存在するとしたら競合企業は揃ってそれを導入するでしょう。その結果は? つまり結局はセリングのスキルに勝る企業だけが勝利の美酒を味わえるのです。セリングを無視したAIマーケティングはあり得ないと言うことです。