河内英司のBtoBコミュニケーション

広告/マーケティングの側面からと、無駄話。

BtoBコミュニケーション

経験経済の考え方を広告に活用できるか

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ(53)


《質問》
 

先日あるフォーラムに参加した際、「経験経済」という考え方を耳にし大変興味深く感じました。そういえば最近体験型の観光や体験学習など、あらゆる場面で体験や経験が重視されているように思います。一方で、この考え方を広告などにも応用出来ないか、と考えていますがどのように取り組めばよいのかまだよく分かりません。広告分野で経験経済の理論を活用するには具体的にどのような手法があるのかお教えいただければ幸いです。(電気機器メーカー・マーケティング統括部)

 

《回答》
 

素晴らしい観点に気がつかれましたね。経験経済が広告に活用できるかどうかのお話しは後述するとして、まず経験経済についておさらいをしてみましょう。
 

経験経済の概念は20年以上前に提唱されたものですが、おそらくその背景には技術革新による製品の均質化とネットの普及による体験機会の喪失にあると思います。
 

経験経済の概念では、製品の価値が均質化することによってコモディティー化をもたらし販売力が低下するが、そこに「経験や体験」と言う新たな価値を付加することによって購入者に強力に訴求し、結果的に販売力が増加し経済に有効な影響をもたらす、と言う考え方です。
 

じつは、よく考えてみると経験経済は何も新しい概念ではなく、デジタル化が進歩していない時代やネットが普及する以前は私たちの日常生活では、リアルな経験が製品の購買やコミュニケーションにおいて大きな役割を果たしていました。
 

そしてそこで生じていたのは感動や共感など極めて人間的でアナログな心理変容なのです。製品やサービスとのコンタクトポイント、さらには人とのコミュニケーションをより濃密にすることで結果的に購買意欲や人間関係の構築に結びついてきたと言えます。
 

ところがデジタル化によって生産性の向上と引き替えに、製品やサービスとの関係性が希薄になり、人とのコミュニケーションにいたってはネットの普及で言葉ありきの表層的な会話に終始することになってしまったわけです。
 

経験経済の概念は言わばこの現状のアンチテーゼとも言えると思います。
 

たとえばネットの普及によって今やブラウザ上で世界中を観光することが可能になり、グーグルのストリートビューではあらゆる場所の探索が可能になりました。またECの普及はリアル店舗での店員との会話(これが重要な経験になるが)をすることなくクリックひとつで商品の購入が可能になりました。
 

さらには毎日のニュースは新聞を読むことなく、新聞社サイトの電子版やスマホのニュースアプリで簡単に触れることができます。
 

しかしこれらはすべてバーチャルな世界での仕組みであり、そこにはリアルな経験や体験は皆無と言えます。
 

リアルな体験とバーチャルな体験との違いはまず記憶に現れます。観光サイトやストリートビューで世界旅行をしてもおそらく1年もすればほとんど記憶から抜け落ちているはずです。一方でリアルな旅行や観光は何年経っても「思い出」として記憶に残ります。じつはこの記憶が製品やサービスの購買の根拠になっています。したがって記憶の薄らいだ商品やサービスはもはや購買対象にすらならないのです。
 

ECでは出店者にとってもっと悲惨な現実があります。店員との感動的な会話や共感無く購買対象商品一覧から「値段の安いもの」に並べ替えて即座に購入する現在のスタイルは、購買形態のコモディティー化を産み出しており最終的に資本力のある出店者のみが生き残ることになるでしょう。
 

経験経済で言われている経験や体験の価値はデジタル化やネットの負の側面をリセットし、もっと感動的な商品やサービスがリアルに体験できる製品開発やマーケティングの必要性を述べているのです。
 

そこで貴殿が広告にも経験経済の概念が生かせないか、と課題をもたれたのは素晴らしいことです。ここでは広義の広告についてお話ししたいと思いますが、まず現在でも経験経済に最も近い広告は「展示会」です。

 展示会で重要なのは集客数ではなく展示会会場での見込み客との対話なのです。これはまさしく見込み客との間で形成される体験や共感と言えますし、この対話が感動的であるほどコンバージョン(購買)に直結できるのです。ところが残念ながら現在の展示会ではひたすら集客数に目が移り、見込み客との対話がおろそかにされています。ただ展示会への取り組み姿勢を少し変えるだけで、経験経済を活用することは容易に可能となります。
 

展示会ついでに通常の営業活動を見てみたいと思います。広告ではありませんが、コンバージョンに最も重要な役割を果たす営業活動を無視するわけにはいきません。じつはこの営業活動の現場でも最近はデジタル化に依存しすぎて営業担当のスキルが著しく低下しつつあるきらいがあります。お決まりのパワーポイント画面をタブレットで見せて、顧客に淡々と説明するこの営業スタイルからは、顧客との間で感動的な体験は期待できず、ほとんどコンバージンの機会はないと言えます。

 対面営業で最も重要なのは営業担当の人柄や話術であり、それによって顧客と一緒に感動や共感を共有できるのが最もコンバージョンに結びつきやすいのです。そのために広告分野で重要なのは「カタログ」です。営業担当にそこそこのスキルがあれば顧客に感動を与えるカタログ編集が重要になります。

 一方営業担当のスキルがやや物足りない場合は、むしろ営業担当が心のこもった商談がしやすいカタログ編集にしなければなりません。詳細は別項で述べていますのでここでは割愛します。
 

なんと言っても顧客に感動的な経験や体験を与えるのは通常の商談活動であることをまず念頭に置いておいた方がいいでしょう。
 

次にマス広告を見てみましょう。経験経済で言われている「経験や体験」はまず相手に感動や共感を引き起こすこと。つまり相手の心に残る経験が重要であると述べています。それをもとに最近の新聞広告や雑誌広告、テレビCMを見てみると、そこに感動的な作品はあるでしょうか? 

 ほとんどの作品がクライアント(企業)の立場を軸に綺麗事を羅列した作品でありオーディエンスに感動はおろか共感など与える可能性はほとんどありません。広告で重要なのは、オーディエンスの立場に立って課題やメッセージを提供し共有することです。ここでは企業の論理は排除されます。オーディエンスに寄り添った作品が感動を与えれば、オーディエンスはさらにその内容を自ら調べようとします。

 この行為が「経験」なのです。広告は単なるお知らせではなく、閲覧者が興味や感動を持つことで二次的な行為(関心を持って調べる)を起こさせることが最終的にコンバージョンに帰結し、経験経済を広告に活かすことになります。
 

最近メッセージ広告にQRコードを施し、スマホでQRを読み込むと広告内容のより具体的な映像を見ることができる素晴らしい広告を行った企業がありますが、これはまさに経験経済を広告に活かした代表例と言えます。
 

ご質問の経験経済の概念を広告に活かすには、企業の論理を排除し読者に感動や共感を与えるか考えさせる広告にして読者の二次的行為を促す取り組みが重要なのです。 

PR誌のメディア価値とブランディングや業績への関与について

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ(52)


《質問》
 

弊社ではもう十数年にわたりPR誌を制作し、お客様に郵送しています。ところが最近、全社的な経費削減のあおりを受けてこのPR誌を廃止するよう上司から指示されました。上司の言い分は「WEB全盛の今、印刷物としてのPR誌には価値がないし誰も読まないだろう」と言うものです。私としてはお客様との貴重な接点であるPR誌をこのまま継続したく考えていますが、上司を説得する理論的なバックボーンを持ち合わせていません。そこで、PR誌のメディア価値とブランディングや業績への関与度合いについてご教授いただければありがたいです。(建築資材メーカー・営業企画部)

 

《回答》
 

十数年間PR誌をお客様に送り届けてこられたことに敬服します。企業として大変重要な役割を担ってこられたと思います。しかし現在、御社同様多くの企業でコスト削減を目的としてPR誌の廃止やページ数の縮小が相次いでいます。
 

これは企業自体にPR誌に対する価値が明確化されていないことと、WEBサイトなどに見られる顧客とのコンタクト(引き合い)がPR誌では実感できない結果、受注に直結しないメディアであるという誤解がその要因となっています。
 

御社がどのようなスタイルのPR誌を作られているのか分かりませんが、ここでまずPR誌のあり方を確認しておく必要があります。
 

PR誌は名称から見れば製品や企業を宣伝(PR)する冊子、と理解されがちです。そしてここに大きな落とし穴があることにあまり気づかれていません。事実多くの企業が発行するPR誌のほとんどが、新製品の紹介や納入事例などで埋め尽くされており、まさに製品のPRメディアとなっています。
 

PR誌なのでそれでよいのでは、と思われがちですが、そうすると、通常の製品カタログとの違いが不明確になってきます。しかも製品カタログは前号でも述べているように、営業担当のツールとして商談を効率よく進ませる機能が必要です。しかしPR誌が製品カタログと同様の内容であっても、そこには営業担当も商談機会もありません。つまりPR誌が製品カタログ化してしまうと、結局製品カタログにも及ばない中途半端なメディアとなってしまいます。
 

ではPR誌の本来の価値は何なのかを考えてみたいと思います。PR誌は本来既存顧客をターゲットとしたメディアであることをまず念頭に置く必要があります。蛇足ですが、PRの意味は宣伝ではなく社会や顧客との良好な関係を保つことであり、その意味ではPRの「R(リレーション)」に軸足を置くのが鉄則です。つまりPR誌の本来の価値は、「既存顧客との良好な関係性の維持」と言うことになります。
 

では顧客との関係性を良好に維持するとはどういうことか、を考えてみたいと思います。
 

顧客企業では新製品開発や新事業開拓、さらには生産性の向上による業績改善など様々な課題を持っていることはすでに別稿の「ASICAモデル」で述べています。それらの課題に対してソリューションを提供することが営業の第一歩なのですが、それは製品カタログを用いた通常の営業活動の役割です。PR誌の重要ポイントは、顧客自身がソリューションを考えるヒントを多様な側面から提供することにあります。
 

ここでは御社の製品や技術はとりあえず横に置いておいて、多くの企業が抱える課題やその前提となる社会課題についての知見を丁寧に述べることになります。現在では多様な社会課題が存在しますので、その材料には事欠かないと思います。
 

ただ、御社の事業範囲と大きく乖離した内容になってしまうと、単なる情報提供だけに終わってしまいますし、読者である顧客側でも御社のブランドとの整合性が不明瞭になってしまいます。これでは顧客との良好な関係性の維持という本来の目的からずれてしまうことになります。したがって、大切なのはあくまで建築資材メーカーである御社のオピニオンとして社会課題について述べなければなりません。要は、PR誌の内容から御社のブランドが類推できることが大切なのです。
 

たとえば、御社は建築資材メーカーですが、PR誌のテーマを広く建築全般にわたって将来生じると思われる課題について言及することです。どこにもない新しい工法の建築や完璧な防災に配慮した建築材料の将来性、そして逆に古代の建築に施された人々の智慧など、少しでも顧客課題の解決のヒントになる内容で構成できれば顧客にも大いに喜んでいただけると思います。そして重要なのはそれらの内容は御社独自の考え方に基づいた方がより顧客との関係性は強固になります。顧客から「その内容はもう知ってる」と思われると逆に御社の知見や技術力に疑問符が付きます。そうではなく「そうなのか。よく言ってくれた。大変参考になった」と思われればもう御社へのロイヤリティは急速に向上します。
 

つまり、課題の発見とその解決方法は、顧客企業であっても知られていない独自の視点とソリューションの提示が重要なのです。
 

このような形でPR誌を編集・発行していけば、いずれ顧客側から「次はどんなテーマが出てくるんだろう」と言う期待感が生まれ、それが顧客との良好な関係性の継続へとつながっていくのです。
 

またこの内容をWEBサイトに移植すると、WEBサイト自体のアクセス数の増加に寄与できます。最新の検索アルゴリズムは従来のようなキーワードありきではなく、コンテンツ全体の有用性を検索ロボットのAIが判断しますので、顧客に有用な情報は優先的に検索サイトにインデックスされます。そして、上記のような内容であれば、様々な文言が記述されるはずですのでキーワード検索にも有効に働きます。そして何よりも役に立つコンテンツは他の企業やサイトからリンクが張られる可能性が高く、上記のアルゴリズムから、いわゆる被リンクされるサイトはまた優先的にインデックスされますので、PR誌を制作しそのコンテンツをWEBなどに二次利用することによってそのメディア価値は飛躍的に向上します。
 

このようにPR誌は顧客との良好な関係性の維持という企業にとって最も重要な課題に有効に機能する唯一の貴重なメディアであり、しかも上記のようにWEBへの展開も含めてコンテンツの露出機会の増加に伴ってブランド構築にも寄与できます。そして何より顧客からの信頼性とレピュテーションが得られれば業績にも大きく関与するのは言うまでもありません。
 

 一方、貴方が懸念されているようにPR誌を廃刊した場合について考えてみましょう。もし御社が上述した顧客に寄り添った内容のPR誌を作られているとすると、廃刊によるデメリットははかり知れません。まず長年培ってきた顧客とのリレーションシップを打ち切ることにつながりますし、その結果として御社のファンは減少し、ブランド力の低下を引き起こします。つまり廃刊による機会損失はおそらく数億円にも上ると考えられます。それほど顧客とのリレーションシップはボディーブローのように業績に反映されてきます。コスト削減が廃刊の理由であったとしても、それ以上に顧客が御社から離れ、結果として業績に影響をもたらすとすれば元も子もありません。廃刊にあたっては慎重に検討された方がよいと考えます。 

製品カタログはどの程度売上に寄与できるメディアなのか

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ(51)

《質問》
 

現在弊社ではWEBサイトの拡充に力点を置き、製品カタログはあまり重視していません。しかしある企業のマーケティング担当者から、製品カタログにはWEBサイトにはない有力なポテンシャルがあると伺いました。あまり詳しく聞いていなかったのでよく理解できていませんが、製品カタログはもはやWEBサイトに置き換わってメディアとしての価値はないと思っていたので、少し気になっています。現実的にネット全盛の現在、印刷物としての製品カタログにどれだけの価値があるのか、また本当に売上に寄与できるだけのポテンシャルを持っているのかご教授いただければ幸いです。(自動車部品メーカー・販売促進部)

 

《回答》
 

まずお話のポイントを整理しますと、製品カタログが売上に寄与できる価値を持っているのか、ということとネットが普及している今、印刷物としての製品カタログにメディア価値があるのか、と言う二項目ですね。
 

ここで一つ明確にしておく必要があります。製品カタログはメディアではないと言うことです。製品カタログは言うまでもなく対面営業で使用される「営業ツール」です。営業ツールには営業担当が自ら作成する資料もありますし、商談に深みを持たせるために納入事例の写真や映像、さらには製品開発過程の映像など幅広く存在し、製品カタログはその一つに過ぎないと言うことです。言い換えれば、営業担当が商談をスムーズに進行させ最終的に受注に結びつけるための補助ツールなのです。
 

一方で最近は多くの企業がWEBサイトに注力し印刷物としての製品カタログを軽視している現実があります。これはWEBサイトで製品カタログの代替ができるという誤解から来ています。WEBサイトは商談の場ではありませんので製品カタログの内容をそのまま掲載したところで製品カタログの機能(商談サポートなど)は持ちません。単なる製品説明コンテンツと言うだけのことです。
 

製品カタログが商談のツールであると言うことから、ここで少し横道にそれますが重要なお話しをしたいと思います。

 すでに本項でBtoB購買プロセスとしてASICAモデルの説明を幾度となく行っています。まず課題提供から始まり、ソリューションの提示、検証、同意(決裁)そして購買という流れを持つそれぞれのコンタクトポイントで、じつは製品カタログは大きな役割を演じ、結果として受注に寄与する重大なポテンシャルを持ちます。もちろん商談に際しては営業担当の商談スキルが受注に影響を与えますが、それを補う役割もまた製品カタログにはあると思われます。
 

通常は顧客企業の担当窓口との商談に際し、課題提示やソリューションの紹介などが製品カタログの重要なコンテンツになります。しかしASICAモデルの最も重要なプロセスである同意(決裁)段階に最適化された製品カタログはほとんど目にしません。ここでは商談している製品を顧客が導入することによってどれほどの生産性の向上や利益改善ができるのかを丁寧に述べなければなりません。

 つまり顧客企業で製品が受注される場合は、当該企業の稟議システムに則って製品カタログが様々な部門に回付されていくことを念頭に置く必要があるのです。もっと緻密に対応するならASICAモデルの各プロセスごとに最適なコンテンツを持つ製品カタログが必要になってくると思われます。
 

話を元に戻して先に多くの企業がWEBサイトに注力し印刷物の製品カタログが軽視されていると述べました。ここにも大きな誤解や決定的な勘違いがあることはあまり知られていません。WEBサイトをPCで見るかスマホで見るかに関わらず、これらで閲覧できるコンテンツはすべて透過光(LED)によって画面に現れたものです。そこで透過光による画像や映像と反射光(印刷物)によるそれとが脳にどのような影響を与えるのか、を検証した論文があります。
 

結果としては、透過光によるものでは脳はくつろぎモードになり細かな部分にまで注意が及ばない一方、反射光では脳は分析モードになりコンテンツの内容を詳細に注視することが証明されています。このことからWEBサイトでの製品情報は思ったより詳細に閲覧されておらず結果的に記憶に残らないと考えられます。WEBに熱心な企業は気をつけたいポイントですね。
 

それに対して反射光である印刷物の製品カタログはまさに対面営業に最適なツールであり、商談スキルによっては顧客への説得力は強力で結果的に受注に直結できる可能性が高くなります。
 

そしてもう一つ対面営業における製品カタログの隠れた潜在能力をお話ししたいと思います。前述のように製品カタログはASICAモデルに則って課題提示から入りソリューションの紹介へ記載され、それにしたがってと商談が進められます。そして優れた営業担当はカタログのどの場面を説明していたとき、顧客はどのような反応を見せたのか、を素振りや顔色をうかがいながらチェックします。

 極端な場合、当該製品カタログに掲載されている製品には全く興味がなくても、どのようにその製品を改善するかあるいは別の製品の方が顧客の要求に合致いているのかを探り出しています。そのためにも製品カタログには綿密な課題提示やソリューションの紹介が不可欠になってくるのです。もちろんこうして得られた顧客の隠された課題は、即座に自社の製品開発部門にフィードバックしなければなりません。
 

この商談の状況はまさに営業担当が行うマーケティングリサーチと言えます。つまり、営業担当は製品を販売するだけでなく、製品の改善点や新製品開発のリサーチに重要なデータを収集する重責があるのです。そしてそのリサーチを効率よく進められるようなコンテンツ構成が製品カタログには求められるのです。
 

マーケティングに躍起になっている現在、各社ともデジタルなど様々な手法を用いてマーケティングリサーチを行っています。しかしそのほとんどは残念ながら失敗し、新製品開発や売上に寄与できていないのが現状です。これは対面で顧客の潜在的な心情をリサーチすることよりも安易にデジタルでデータを求めることを重視した結果とも考えられます。
 

このように顧客を一番理解している営業担当が行うリサーチが最も信頼性が高く、その一助をじつは製品カタログが担っているのです。
 

さて、過去にASICAモデルのお話しをした際、企業はそれぞれ異なった風土を持っている、と述べました。これは製品購買における意志決定のシステムも同様です。このことから可能であれば顧客企業ごとに異なったコンテンツを掲載した製品カタログがそろそろ必要になってきていると思います。マーケティングリサーチ機能の一部を製品カタログに求めるのであればなおさらコンテンツ構成は慎重に行わなければなりません。
 

言わば製品カタログの分野でも「マス・カスタマイゼーション」の波がやってくると予感できます。幸いにも現在はDTPは当たり前になり、オンデマンド印刷によって少部数でも低コストで印刷が可能になってきましたのでぜひ顧客に特化した製品カタログで売上の増加を目指していただきたいと考えています。
 

結論は、印刷物である製品カタログには他メディア以上に売上向上や新製品開発に寄与できる潜在的な価値があると言うことです。

聴く人を惹きつけるプレゼンスライドの作り方

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊿

《質問》
 

私は樹脂マテリアル開発部門で商品企画の仕事をしています。新しい技術や製品についてお客様を前に説明会やセミナーを行うことが頻繁にあります。その際に使用するスライドの作成についてご教授いただきたいと思います。毎回私が行うセミナーでは「大変参考になった」というご意見はありますが、実際は20%程度の方は居眠りをされているのが気になっています。セミナーでプレゼンテーションを行う際、聴講者に居眠りをされずに最後まできちんと聞いていただけるようなプレゼンのしかたやスライドの作り方のコツはあるのでしょうか。(樹脂部品メーカー・開発企画部)

 

《回答》
 

 文面ではどのような説明会やセミナーなのか、また所要時間や規模(聴講者数など)がよく分かりませんので、適確な回答ではないかも知れませんが、セミナーでのスライドの役割と作成方法についてお話しします。
 

 まず説明会やセミナー(以後セミナーとします)ではスライドを投影し、あわせて手元資料(配付資料)が準備されていると思われます。この場合の手元資料はほとんどの場合、スライドを印刷した資料でまかなうことが少なくありません。しかし、ここでよく考えなければならないのは、手元資料を「読む」行為と「書き込む」行為の違いです。手元資料を「読む」場合、聴講者の意識は手元資料にあります。そして厄介なのは意識が手元資料にある場合、プレゼンターの話はほとんど耳に入りません。つまりせっかく大切なお話しをしていても聞いてもらえていないと言うことになります。このケースはセミナーなどで多く見受けられ、プレゼンターの犯す失敗の代表例です。
 

 さらにこのケースで問題となるのは、あまりにも手元資料が詳細に記述されていることによって、聴講者にしてみれば「今聴かなくても後で資料を読めばいいや」と言う気持ちになってしまい、それが眠気を誘発することにもつながることです。
 

 一方で手元資料に「書き込む」行為の場合はどうでしょう。プレゼンターのお話を聞き重要なポイントを手元資料にメモすることですので、聴講者はきちっとお話を聞きながら書き留めていることになります。そして聴講者自身が書き込んだ手元資料は自分なりの理解の証として長く記憶に残るはずです。本来のセミナーのありかたとしてこの状況が最も重要なのです。
 

 ではなぜこのような違いが起きるのか、をお話しします。多くのセミナーで目にするのは「スライドを書き込みすぎる」ことです。お話しする内容を蕩々とスライドに書き込むことはプレゼンターの立場からすれば、話し忘れの防止にもなりしかも画面いっぱいに内容が詰まっているといかにも大役を成し遂げているという気持ちになります。
 

 このプレゼンターの気持ちが結果的には文字の多い手元資料になり、聴講者にとっては文字が多ければ読まざるを得ない状況を作ってしまうのです。また書き込みすぎるスライドは必然的に文字の大きさが小さくなり、セミナーの規模にもよりますが多くの聴講者を収容する場合には、後席からは非常に見づらいスライドになります。そうなると余計に手元資料に目が移り意識はプレゼンターのお話よりも手元資料に向いてしまう悪循環となります。
 

 あなたが心配されている「居眠りをする聴講者が多い」のは話し方の問題もありますが、多くの場合は手元資料、つまりスライドを書き込みすぎた結果読むことに疲れた状況を生み出していると考えられます。
 

 書き込みすぎたスライドによるセミナーを行う場合のもう一つの欠点は、プレゼンターの話の内容にも影響を与えることです。文字が多く「読まなければならないスライド」ではプレゼンターはどうしても画面上の文字を追いながら読んでしまいます。プレゼンの失敗例のもう一つです。画面(スクリーン)上に記載された文字を読むスピードは人によってそれぞれ異なります。それをプレゼンターのペースでスクリーン上の文字を読み出すとそのスピードについて行けない聴講者はどうしても手元資料を見ることになります。さらにセミナーの進行に遅れまいという焦りも生まれ、聴講者には無意識のストレスが発生してしまいます。このストレスが「居眠り」を生じてしまうのです。
 

 このようなプレゼンを回避するために必要なのは、スライドはキーポイントだけを記述し、できるだけ図形や写真などで構成することです。さらに文字の大きさにも気を配らなければなりません。何度かテストを行い、最後列の距離からでも十分読むことができる文字の大きさを決めておくことが必要です。参考までに私が行うプレゼンのスライドでは、標準的な4:3(800ピクセル:600ピクセル)のスライドサイズの場合は、18ポイント前後をおもに使用し、表題は26ポイント、最小は14ポイントと決めています。また最近はワイド画面(16:9)を使用することも多くなりましたが、この場合でも4:3の標準画面と比べて文字の大きさを決定すれば良いと考えます。
 

 またプレゼンで重要なことは、スクリーンを「見て分かる」ようにスライドのデザインを考慮することです。上述のようにとかく書き込みがちになりますが、まず目で見て理解できること、極端な場合たとえば御社の新技術で厚さが従来の10ミクロンから1ミクロンの新しい樹脂マテリアルを実現できたとします。この場合のスライドには「1ミクロン」と「新技術の名称」だけで事足ります。なぜその新技術で達成できたのか、またどのようにして新技術が生まれたのか、スライドには書かずお話しすることで聴講者には十分伝わります。
 

 可能なら新技術達成の根拠をシンプルな図で示せばさらにダイナミックなスライドに仕上がります。そして大切なのは、お話しした「なぜ新技術が生まれたのか」の項目はプレゼンターのお話を聞きながら手元資料に書き込んでいくことになり聴講者はプレゼンターのお話に耳を傾けながら手元資料にメモするわけですから、より記憶に残り理解もされやすくなるのです。
 

 つまりセミナーで重要なのは、プレゼンターのお話もさることながら聴講者自身が手元資料にメモをし、自分なりのテキストとして完成させることにあります。言うなればセミナーはプレゼンターのお話を聞く場ではなく、聴講者自身が自分のテキストを創り出す場であると考えられます、そしてプレゼンターはそのサポートを行うためにダイナミックなプレゼンスライドを提供しなければならないのです。ここが一般的な「講演」と大きく異なる点です。
 

 くどいようですがプレゼンターはとかくお話しする内容をすべて細かくスライドに書き込む傾向がありますが、これが逆に聴講者にとってスライドは見にくく手元資料にはメモスペースもなくお話を聞くだけに終わってしまい、記憶にも残らず最悪は退屈のあまり居眠りをしてしまうのです。
 

 プレゼンターとしてはスライドを最小限の文言とシンプルな図だけで済ませてしまうにはかなりの勇気が必要です(話し忘れなど)。しかしそうすることによってむしろ余談を話す機会が生まれます。居眠り掛けた聴講者の目を覚ますのは「余談」と「ここだけの話」なのです。そしてそんなお話しができるのもスライドに余裕を持たせたデザインを施すことが最大のポイントとなるのです。 

展示会における案内状での集客の効率化

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊾

《質問》
 

我が社では年に数回展示会に参加しています。それぞれの展示会で案内状を送っているのですが、どうも集客に結びついていないような気がしています。たとえば昨年末の展示会では2000部の案内状を配布し、ブースでカタログ請求があったお客様は100人程度でした。この数字をどのように読めばいいのかよく分かりません。展示会での案内状の機能と効率よく集客に結びつける案内状の内容や配布方法などについてご教授いただきますようお願いします。(食品製造機械メーカー・マーケティング部)

 

《回答》
 

 展示会において案内状は最も集客に寄与できるメディアであることは間違いありません。したがって御社が2000部配布されて100人のリードが得られたのは決して効率の悪い結果ではないでしょう。しかしこの効率をもっと上げる方法があることも事実であり、この点についてお話しします。
 

 一般的な展示会では来場者の50%から70%が主催者や出展者からの案内状が来場のきっかけになっています。この数字からすれば御社には2000部の50%として1000名のブース訪問があり、100人のリード獲得は極めて効率が悪いと理解されがちですが、ここに大きな落とし穴があります。まず来場者の5070%の来場契機が案内状によるものとなっていますがじつはこの数字は案内状の総配布部数の3%程度にしかなりません。

 言い換えれば案内状のリーチはわずか3%にすぎないのです。来場契機の5070%と3%の数字を見れば大きな開きがあり違和感を覚えますが、膨大な数量を配布する案内状のコスト効率は決して良くないと言えます。この数字から読み解くと御社が2000部の案内状を配布されて100名のリードが得られたことはリーチ率が5%ですので決して悪い数字ではありません。おそらく実際に案内状によって御社のブースに来られたのは60名程度であり、リードまで達したのは40名程度だと考えられます。残りの60名は同業他社や主催者からの案内状によって来場されたお客様がたまたま御社のブースに立ち寄られた結果でしょう。
 

 この数字で案内状のコスト計算をしてみましょう。2000部をすべて郵送されたとすれば郵送料だけで164千円かかります。その結果40名の実質リーチだとすれば一人あたり4,100円のコストがかかっておりけっして安くはありません。CPMから考えると他のメディアに比べて極端にコスト効率が悪い数字になってしまいます。
 

 一般的にDMのリーチ率は3%と言われています。それだけを見れば御社の結果は安心できるのですが、じつはこの3%という数字はもう230年前からほとんど変化がありません。ということは展示会集客の手法が数十年にわたって全く改善されていないとも言えます。
 

 そこでネットを利用したメルマガやWEBサイトが集客改善につながると考えられがちですが、メルマガやWEBサイトによる集客率はDMの数分の一であることも忘れてはなりません。
 

 その意味ではさらに効率よく案内状で集客する方法を考えなければなりませんが、ここで少し横道にそれたお話しをします。
 

 BtoC分野ではありますが購買形態はBtoBと同じと考えられる住宅の状況を見てみましょう。住宅展示場での来場者分析によるとチラシのリーチ率はなんと0.5%程度しかありません。展示会に比べて遙かに効率が悪いと言えます。しかも成約率となると気が遠くなるほど低い数字になります。しかしこのような状況の中でもリーチ率20%以上成約率が75%と言う信じられない数字を出している住宅販売会社が存在します。
 

 この住宅販売会社が行っているプロモーション手法が非常に参考になると思いますので紹介します。この企業ではまずチラシを無造作に配布するのではなく、見込み客の中で当該販売住宅の特性に合致したターゲットを厳選してチラシを郵送し、直後にセールスコール(顧客訪問)をかけているのです。ここでのキーワードは「見込み客の厳選」です。見込み客はさまざまなメディアや販売活動で得られた購買予備軍と言えますが、重要なのは購買動機付けがすでに行われていることと予算の裏付けがあることです。これらのターゲットに集中してプロモーションすることで、コスト効率は最大化されます。
 

 さてこの手法を展示会の案内状に当てはめて見ましょう。まず案内状の配布先は見込み客に限定することが重要です。展示会でよく勘違いされるのはリードが多く集まったら大成功、のようなとらえ方をしてしまうことです。いくら多くのリードが得られてもまず導入予算の裏付けのないリードは成約には至らないか、果実を得るまでに大変な時間を要することになり、結果的にコスト効率は悪くなってしまいます。したがって案内状を送付する際は見込み客の中でも導入予算の裏付け(具体的には予算執行時期が1年以内)がありお客様の課題解決に合致した商材を展示することが前提になります。
 

 さらに大切なのは、先の住宅販売会社のように、案内状を送付した後必ずセールスコールをかけることです。顧客訪問が難しければ電話でもいいですから展示会開催の3週間前から最低1週間に一度は電話することで集客率は見違えるように向上します。
 

 今はデジタルの時代だからと言って間違ってもメルマガで膨大な量を送りつけることは避けた方がいいでしょう。メルマガの到達率の悪さは前述しましたが、最も大きな問題はこのようなプロモーションの自動化は顧客接点も自動化されてしまうことです。情報量が膨大に増加した現在では、自動化された接点は直ちに消去されてしまいます。それでもメルマガを送信して1週間以内にセールスコールをかければこの接点は持続し結果的に集客に寄与できます。しかしメルマガは送信量が膨大でありそれぞれの送信先にセールスコールをかけるのも限界があります。したがって効率を考慮すれば、案内状を厳選された見込み客に送付することが最も効率が良いと言うことに落ち着くのです。
 

 さらに重要な点をひとつお話しします。業界展はもちろんですが一般的な展示会は広義では競合会社の集まりであることに留意すべきです。つまり、展示会の案内状は御社だけでなく競合会社からも同じお客様に送られているのです。実際に私も同じ展示会の案内状が異なった企業から何通も送られてくることがあります。ここで大切なのは競合会社の中でもひときわお客様の心を引く案内のしかたを考えなければなりません。
 

 最も効果があるのはすべて手書きの案内状ですがこれには数をこなすのに限界があります。つぎは主催者の準備した案内状に加えて独自の案内状を作成することです。当然厳選された見込み客に送付するわけですから、案内状に記述する内容も明確になるはずです。そしてできれば短冊状の手紙用紙でいいですから、手書きで一筆書き添えておく心遣いが集客に大きな効果をもたらします。
 

 おたずねの結論は、まず展示会の案内状は厳選された見込み客のみに送付することと見込み客との接点をより強固にするために手書きでメッセージを添え、さらに事前のセールスコールを訪問や電話で行うこと。そして最後に重要なポイントですが、送付元には必ず個人名を記載しておくこと。これによって案内状での集客効果は見違えるほど大きくなるはずです。 

パワハラ規制はクリエイティブにどのような影響を与えるのでしょうか

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊽

《質問》
 

昨今のパワハラ問題に加えて厚労省からの指針が提示されたこともあり、先日弊社でもパワハラを防止するための研修会が開かれました。そこで疑問に思ったのですが、クリエイティブ業務に従事している我は今後どのように部下を指導していけばよいのか理解できません。クリエイティブに対してこのパワハラ規制がどのような影響を与えるのか、そしてクリエイティブ分野でのパワハラを避けるにはどのように対処すればよいのかご教授いただければ幸いです。(電器メーカー・販売推進室) 


《回答》
 

 時宜を得た非常に重要なご質問です。パワハラ規制は場合によるとクリエイティブに壊滅的な影響を与える可能性があります。
 

 パワハラ規制は営業職などルーチン業務に関してはある程度有効かも知れません。しかし、すでにご存じの厚労省から提示されているパワハラの6類型の中で、ほとんどはいわゆる就業規則で明記されているものです。したがって語弊があるかも知れませんが、パワハラと称されるものは今に始まったものではなく、以前からあった事案であり、そこを就業規則と照らしながらうまく対処してきたのがほとんどの企業の実態だと思います。それを今さらながらにパワハラ規制を厚労省が打ち出してきたのには昨今の企業システムの脆弱化と過大な弱者救済の風潮があるのでしょう。
 

 さて本題のクリエイティブにおけるパワハラの影響ですが、前述のルーチン業務と異なってクリエイティブ業務には結論が明確でない事案が多数あります。たとえば営業なら売り上げノルマとして結論は明確に出来ますし、生産現場でも同様です。しかしクリエイティブ分野ではこれが非常に曖昧になってきます。わかりやすい例を挙げると、広告デザインの評価を行う場合、本来は造形基礎理論やコンセプトに基づきさらにオーディエンス(顧客や社会)の立ち位置から判定を下すものですが、現実的には社内の論理や個人的な好みによる曖昧な判断が今でも通用しています。
 

 このようにクリエイティブ分野での業務は感覚的に判断する要素が非常に多いため、判断を受ける側からすれば人によっては自分の能力を否定されたと感じる場合もあるでしょうし、もっと頑張らなければ、と思う人もいるでしょう。
 

 クリエイティブを外注する場合と内制する場合とでは多少異なりますが、まずクリエイティブ担当者とその管理職がどれほど基礎理論を熟知しているか、が大きな課題になります。前述したようにクリエイティブ業務は感覚的に判断しがちだと述べましたが、じつはそこには確固たる造形理論や色彩理論、さらには広告であればオーディエンスの行動論にまで及ぶ基礎理論を熟知している必要があります。それをもとに担当者や管理職が自分の研ぎ澄まされた感性によって判断するということです。
 

 しかし最近はこの基礎理論に対する知見が全くない管理職や担当者が多くなり、単に自分の感覚や好みでクリエイティブを評価するケースが多く見受けられます。セミナーなどでも基礎理論の話よりも他社の事例を教えて欲しい、といった意見が数多く寄せられます。これは理論はともかくどうでもいいから、手っ取り早く他社の事例を参考にして結果を出したいという焦りから来るものです。他社の事例を参考にしても、基礎理論を会得していない場合は他社のクリエイティブの方程式通りに対応せざるを得なくなり、それ以上のクリエイティブは期待できませんし、広告としてそれは致命傷になります。しかり基礎理論を熟知していれば、方程式の変数を自由に入れ替えられますから他社の事例からさらに一歩進んだ独自のクリエイティブが期待できるのです。
 

 クリエイティブ部門におけるパワハラにはいくつか考えられますが、内制の場合最も多いのは出来そうもない時間内に「これをやっておけ」という指示でしょう。厚労省の類型での「過大な要求」に当てはまるものです。しかし本当に与えられた時間内に出来ないのかどうか再考してみる必要があります。以前本欄で「クリエイティブ業務の効率化」として述べておりますが、クリエイティブはプロになればなるほど無駄を排除し効率的な仕事をするものです。たとえば今まで1時間かかっていた仕事を15分で行うのはやりようによっては十分可能な範囲です。
 

 しかしここで大きな問題は、指示を出す上司がクリエイティブに対する基礎理論を熟知しているかどうか、です。造形の基礎すら知らない上司に「この仕事を1時間でやれ」なんて言われたら、受ける側はまさに「過大な要求」と感じてしまうでしょう。基礎を熟知した上司なら「○○さんなら少し頑張れば1時間で出来る」と工程見積もりをした上でどうすれば時間内に完成させることが出来るか適確に指導できるはずです。したがってクリエイティブ部門の管理職は、まず基礎理論に対する知見を十分会得しておくことがパワハラを防ぐ第一歩になります。
 

 部下である一般社員も基礎理論をしっかり持っておれば、「この仕事はこういう理由で1時間では出来ません、1時間半なら出来ます」とはっきり言えるはずですし、このようにして上司と議論を積極的に行う風土を作ることもパワハラの防止に役立ちます。
 

 さらに各企業でほとんど当たり前のように行っている上司や役員に対するプレゼンは、以前本欄でも述べましたが全く無意味です。なぜなら基礎理論を駆使して創り出した作品を、基礎理論など全く持っていない役員が判断できるはずがありません。ましてやオーディエンスの立場に立った意見は期待できないどころか、自社の論理だけで作品の評価をし「この作品はダメだな。もっと違うのを創れ」などと言われたらそれこそ役員によるパワハラとも言えます。
 

 このようにクリエイティブ部門におけるパワハラ規制は、非常に難解な要素がありますがまずは管理職やその部下がクリエイティブに対する基礎理論をしっかりと身につけ、職制を超えて自由に議論できる風土を作る必要があります。そして部下の人たちは、たとえ自分の作品が否定されたとしても決して人格まで否定されたのではなく、基礎理論から見て不備な点がどこにあるのか、を探し出し次の作品に生かすことがむしろ自分のスキルをさらに伸ばすことにつながってきます。
 

 議論の場となると上司も部下も真剣勝負ですから時には耳の痛い言葉が飛び交う場面があります。それをパワハラだと決めつけてしまうともう議論は前に進みません。先にパワハラ規制はクリエイティブを壊滅させる危険性があると述べたのは、パワハラを恐れるあまり上司が部下に対して適切な指導を躊躇したり部下との議論の場を避ける結果、クリエイティブがないがしろになってしまう恐れがあるという意味です。
 

 ご質問の結論は、クリエイティブ部門ではまず上司も部下も基礎理論をきちんと会得し、それに基づいて自由に議論できる風土を作ることで、パワハラ規制などとは縁遠い存在になるということです。 

インサイトマーケティングの具体的手法とツール

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊼

《質問》
 

私はある医用機器メーカーで10年以上マーケティングの業務を行っています。従来からさまざまなマーケティング手法を試みてきましたが、特に目立った効果が実感できていません。そこで最近注目されているインサイトマーケティングに取り組みたいと考えていますが、インサイトマーケティングを行うに当たって必要な知識やツール、手法などがありましたらご教授いただきたいと考えています。(医用機器メーカー・マーケティング室)

《回答》
 

 インサイトマーケティングは2010年代頃から耳目を集めるようになってきた意外に古くからある考え方です。もっと遡れば2002年のノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンが経済学に心理学を導入したことで注目され始めたとも言われています。したがって決して最新のマーケティング理論ではありません。ただ人の心理を数値化する手法がなかなか定着せず、ここにきてSNSなど消費者とのコンタクトポイントが近くなるにつれデジタルを駆使して消費者インサイトが探れるのではないか、と言う気運の高まりで注目されてきたと考えられます。
 

 そもそもインサイトとはご存じのように、消費者の潜在心理を探求する意味を持っています。洞察力とか先見性などの言葉で表されるインサイトがなぜ今再び注目されてきたのか?

 それはマーケティング分野でさまざまな理論や手法がアピールされ、とりわけデジタル化の普及によって一見生産性に効果があると思われるデジタルマーケティングがじつは多くの初期投資を要し、必ずしも適切な効果をもたらすとは限らないことに各社が気づいたことが大きな要因だと思われます。
 

 事実御社でも長期にわたってマーケティング戦略を行われたにもかかわらず、目に見えた効果が実感できないことがそれを証明しています。
 

 言い換えればマーケティング理論や手法の限界に、それこそマーケティング担当者のインサイトに気づきが現れ、究極のインサイトマーケティングに助けを求めているのが現実でしょう。
 

 ここでインサイトについて整理をしたいと思います。
 

 インサイトとは前述したように消費者が保有する「潜在的な思い」ですが、これはニーズやウオンツではありません。あくまでも潜在的な存在ですので表には現れない、さらには消費者自身も気づいていない心理状態だと言えます。
 

 2009年に日本BtoB 広告協会がBtoBコミュニケーション誌で発表した「ASICA理論」はまさにこのインサイトを購買のトリガーとして設定しています。ASICA理論はBtoB分野での購買プロセスを表していますが、ここで最も重要なのはそのトリガーになるAssignment(課題)の探求であると述べています。詳しくは本誌のバックナンバーでASICA理論についてご覧いただければ、と思います。
 

 このASICA理論のAssignmentがじつは今で言うインサイトと全く同じ定義なのです。最近耳にするインサイトは主に一般消費者をターゲットにしていますが、じつはBtoB分野での企業や組織こそが重大なインサイトを抱えています。企業や組織自体がいまだに気づいていない課題。これこそが将来のヒット商品の核になるものなのです。企業や組織が個人と同じような思いを持つのか、と言う疑問があるかも知れませんが、個人の集合体である組織にも人格はともかく意識は存在すると考えられます。いわゆる企業風土がそれに当たります。
 

 以前、ASICA理論のセミナーでAssignmentの説明をする際、企業でも気づいていない課題とはどんなものがあるのか、と言う事例として「電気自動車」を取り上げたことがあります。当時は電気自動車の発展のために重要視されていたのはモーターなど駆動系の作動効率とバッテリーの容量や性能でした。しかし私はそれ以上にハイブリッド車や電気自動車が近づいてきたときにほとんど無音であることが今後大きな社会問題になると思い、電気自動車に隠された課題は「音源開発」であるとお話ししたことがあります。
 

 それから数年以上経った2016年には国土交通省からハイブリッド車や電気自動車に対して「車両接近通報装置に関する基準の導入」という内容を持つ省令が施行されました。これは当然のことだとは思いますが、そのきっかけは数年以上前から個人的に気づいていたことなのです。
 

 さて本題のインサイトマーケティングについて述べたいと思います。まず企業や組織のインサイト(課題)を見極めるには、当該企業の将来遭遇すると考えられる問題点をリストアップしなければなりません。どんな企業でも組織で個人でも常に何らかの課題を抱えています。ただそれに気づいていないだけなのです。それを探求するにはおそらくデジタルでは全く不可能でしょう。仮にデジタルを駆使して人の心の奥底まで覗けるのであれば、それは非常に危険なこととも言えます。ここではむしろ個人の人としての勘や洞察力が最も重要な役割を演じます。こんなことをお話しすると、「時代錯誤も甚だしい」とお叱りを受けるのが常ですが、じつは人の勘や洞察力が新製品開発にどれほど寄与してきたのか、は過去のヒット商品を見ればよく分かることであり、これはどんなにAIが進化しようとしても無視できない重要なマーケティング要素なのです。
 

 大変失礼ですが、御社で長らくマーケティングを実践されながらも目立った効果が把握できないのはおそらくマーケティングリサーチなどのデータやデジタル化されたマーケティング手法に従って行われたからではないでしょうか。そこには今や古くさいと言われる人の勘や洞察力が入る隙間はありません。その結果有効なマーケティング効果が得られなかったのだと思います。
 

 じつは我が国では営業の現場で古くからこのインサイトマーケティングを行っていたのです。そこでは顧客との対面営業の場で、営業担当が顧客の顔色や仕草を伺い、話題を変えたり雑談などを通して顧客の抱える課題(顧客が気づいていない今の問題や将来の課題)を探っていたのです。この結果を帰社後すぐさま開発部門にフィードバックし、製品改良や新製品開発に活かしていました。
 

 このようにまずは対面営業が顧客に眠る課題を発掘する最高の機会になります。しかし最近ではメール営業やデジタルマーケティングによってその機会が急速に失われ、その結果有効なマーケティング理論が見当たらずインサイトマーケティングに遡行してしまっているという何とも皮肉な状況なのです。
 

 ご質問の結論は、インサイトマーケティングは究極のマーケティング手法ですが、簡単なものではありません。ましてやデジタルやネットでインサイトが発掘できるなど極めて短絡的な発想です。人間には誰もが多面性を持っています。その人間が構成する組織にも多面性があります。一方でSNSなどソーシャルな場で発現する内容は一面(建て前か本音)だけであり、インサイトで重要なのは本人ですら自覚していない隠れた一面の部分なのです。これを探求できるのは人の持つ勘や洞察力以外にはありません。したがって対面営業のスキルを磨くことが最も重要なインサイトマーケティングの課題になると考えます。さらに人の潜在心理を探求するためのツールは皆無だと考えます。 

IRはブランディングにどの程度有効か

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊻

《質問》

弊社では十数年前からIR活動に熱心に取り組んでいるつもりです。具体的には日々のニュースの発信や統合報告書や事業報告書の発行、機関投資家やファンドに対する財務情報の提示などが主な業務になっています。これによって経営トップは株価の上昇を継続的に期待しており、株価がブランド価値を決めるようなことを言っています。しかし最近弊社の株価は低迷し、経営トップからIRの手法がおかしいのではないか? と疑問視されるようになってきました。広告とは関係ないと思いますが、IR活動がブランド価値に及ぼす影響と、株価とブランディングとの関係についてご教授いただければ幸いです。(機械メーカー・広報IRセンター) 

《回答》


 IR活動と株価のブランディングに対する関係性についてのお問い合わせだと思いますが、大変難しい課題ですね。
 

 まず御社のトップの方が言われている「株価(時価総額)がブランド価値を決める」のは間違っています。とかく経営者は自社の株価が同業他社に比べて低ければブランド価値が劣っているように感じ、ある種の焦りのようなものを抱く傾向が最近は非常に強いです。しかし株価とブランド価値は何の関係もないことを認識しておく必要があります。 
 

 その前に確認しておく重要な事柄があります。IRが声高に叫ばれ始めたのは、2000年頃からです。その頃我が国の株価指数(日経平均)はバブル崩壊以降下がり続け最安値を更新している状況でした。そんな時ここぞとばかり「IRを活発化して株価を上げる必要がある。株価を上げれば企業価値が上がる」というシュプレヒコールがあちこちのIRコンサルタントなどからあがり、多くの企業に株価向上策の提案がありました。
 

 そして企業はこぞってIR活動に熱心になりました。その結果どうでしょう。IRコンサルタントの言ったように2003年4月を底にして株価指数はどんどん上がりはじめ、途中でアップダウンはあったものの現在の指数まで3倍近くまで上がりました。指数で3倍ですから個別の企業では5倍にも10倍にもなったはずです。このときにIR神話が生まれ、IRを活発化すれば株価が上がるという勘違いをしてしまいました。
 

 じつはなぜ2000年頃にIRコンサルタントがあれほど我先にIR活動の提案をしたのか、ある理由があります。
 

 バブル崩壊以降の株価低迷時には我が国はまず株式持ち合い解消や終身雇用の廃止、国際会計の採用などさまざまな施策を講じ、それらが株価の低下に拍車をかけました。そのころじつは海外のファンドは安くなった我が国の企業の株式を大量に仕込んでいたのです。ここではあまり詳しく述べられませんが、企業の弱体化を招いた上記の施策は日本企業の株価を下げるための戦略だったとも言えます。
 

 IRコンサルタントはそれを知っていましたから、バブル崩壊から10年経過した頃から指数は上昇する、いやファンドのためにも上昇させなければならないという思惑があってIRコンサルを実施すれば必ず株価が上がると各企業に売り込みをかけ、ファンドの攻勢もあって事実成功したのです。
 

 つまり株価はこのように世界的な大きな需給(この場合は日本株を大量に買っている海外ファンドの存在)と国内の需給(機関投資家の需給)そして個別企業の需給(信用取引残の状況)によって決まります。これはブランドなどとは全く関係ないところで株価が形成されていることの証です。
 

 一方IR活動を熱心にすることはけっして悪いことではありませんが、IRは投資家に限定して行うものです。確かに投資家もステークホルダーですが、彼らはブランドロイヤリティなどほとんどなく、言い方は悪いですが金儲けのために株式を売買しているだけなのです。したがって投資家に対するブランド構築もIRとは関係ありません。
 

 ここで反論があると思いますが、「株価が上がって投資家が大きな利益を得たならブランド価値が上がるのでは」と言われると思います。しかし株式の取引は売り方と買い方が合致して株価が形成されます。そして株価が永久に上がり続けることはありません。それは前述したように需給によって株価が形成されるからです。そうすると前述の論理は「高い株価で買った投資家がどんどん株価が下がり続けて大きな損害を被ったならブランド価値は下がるどころか二度とその企業の株式は買わない」という反対の現象も同時に起こるのです。このことからも株価はブランド価値に関係ないと言えます。
 

 また投資家の中でも個人投資家は企業から発信されるIR情報や需給状況によって株式の売買を行います。企業訪問などほとんど行わないでしょうし、たとえ企業訪問したところで重要な財務情報や将来の受注売り上げの見込みなど教えてくれるはずもありません。ところが機関投資家やファンドに対してはかなり詳細な情報を提供しています。個人的には私はインサイダー取引が半ば野放しになっていると思います。企業の株価は個人投資家のチカラで動くものではなく、膨大な資金を持つファンドや機関投資家などの売買によって形成されます。つまり、個人の企業に対するブランド意識とは別のところで株価が動いているのです。
 

 とはいうものの、毎日熱心にIR活動されている貴方の業務は無意味ではありません。むしろIRは投資家のみを対象にするのではなく、広く一般人に対して丁寧に行うことが重要だと思います。法的に義務づけられている統合報告書や事業報告書の発行は定例業務として不可欠ですが、それ以上に頻繁に多くに人たちに対する企業の状況や考え方などをメッセージし続けることが重要です。なぜなら、現在投資家でない人たちにブランド価値を認めてもらい、その結果投資してもらうのが本筋だからです。金儲けのための投資ではなくブランドファンによる投資が本来の株式市場のあり方だと考えています。
 

 と言うことは最早IR活動は二分化し、通常のIRはPR(パブリックリレイション)の強化でまかなえますし、ファンドや機関投資家に対する対応は「証券業務」として別の部門が行うのが適切だと思っています。
 

 最後に私が現役時代、IRの責任者だった頃にIRの効果やあり方に疑問を持ち、3年間にわたって10銘柄のIR発信状況と株価との相関関係を毎日欠かさず定点観測したことがあります。その結果は見事に「IRは株価形成には影響しない」ということでした。たしかにIRを行った後はその内容によって1ヶ月ほどは株価が上下しますが、しばらくして何もなかったかのようにもとに戻ってしまいます。
 
 結論を申し上げると、IRと株価形成は関係なくブランディングにも影響を与えないこと。そして重要なのはIRと言った限定的な対象ではなく広くオーディエンスに対するメッセージの発信の方が結果的には御社に対するファンづくりに寄与でき、ブランド形成に役に立つ、と言うことです。 

効果的な展示会の出展規模と出展費用の決め方

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊺

《質問》
 
現在春の展示会に向けて出展企画を行っています。いわゆる業界展に出展予定ですが、どの程度の規模と予算で出展すべきか展示会効果を基準に再検討しているところです。従来は10小間(90㎡)の規模で出展していました。もっとも効果的な出展規模ならびに展示会予算をどの程度見込めばよいのかご教授いただけないでしょうか。(電気機器メーカー・マーケティング部) 

《回答》
 

 展示会の効果を念頭に置いて出展規模と予算を策定されると言うことですが、まず展示会の効果測定については幾度か本欄で述べておりますので参考にしてください。
 

 簡単におさらいをしますと、展示会の出展規模が大きければ見かけの集客は多くなる傾向はあります。しかし仮に多くの集客があっても御社の受注に結びつかなければ意味がありません。そのことから展示会には見込み客を集客し、展示会を受注の場と捉えることが基本になります。
 

 またコスト面ではもっともコスト負担を強いられるのがディスプレイ費用ですが、凝ったディスプレイを行っても来場者の記憶にあまり影響を与えないことは、過去の本欄でも述べているように米国のエキジビットサーベイ社のデータからも明らかです。
 

 来場者の記憶にとどまらなければ当然購買意欲に関与できず、結果的に受注に結びつきません。そのことから御社の商材に関連する来場者の記憶に残るような展示企画が不可欠となってきます。
 

 しかし具体的のどれくらいの規模で、どれくらいのコストを割いて展示会に臨めばいいのか非常に難しいのが現実です。
 

 ここで、興味深い算式を紹介します。前述のエキジビットサーベイ社が「もっとも経済的であり効果的なブースサイズ」として提示したものです。要は出展製品と説明員のスキルが万全であるとした場合の展示会全体に対する御社の出展規模はどの程度が望ましいのか、と言う結論を導く算式と捉えられます。この提示自体はかなり古いものですが、私がシミュレーションした限りでは現在でも十分通用すると考えられますので紹介します。
 

 その算式は「Y=0.0075x+67㎡」というものです。この場合の「Y」は展示会で最大のインパクトを与える適正スペースを意味します。一方「x」は展示会全体のスペースを表しています。ただしこの算式は展示会全体の規模が400小間(3,600㎡)以上であることが条件になります。
 

 この算式をもとに具体的にある展示会での最小のコスト(出展料)で最大インパクトを与える出展規模を見てみましょう。まず、仮に業界展の標準的な規模と思われる1,000小間(9,000㎡)に出展する場合を考えてみます。この場合では「x」は9,000になりますので、ここから上記の算式を計算すると「Y=0.0075×9,000+67㎡」となり、「Y(適正スペース)」は134.5㎡と算出できこれはおよそ15小間に相当します。
 

 展示会は大規模に出展することによって見かけの集客は増加しますがその分コストもかかります。逆に数小間程度の小規模出展であればコストはあまりかかりませんが、インパクトが弱く集客はあまり期待できません。もとより見込み客を集客することが展示会の原則ですから、その意味ではブースサイズはあまり関係ないかも知れません。
 

 また展示会効果は展示スペースの大小だけでなく製品そのものや説明員の商談スキル、さらには集客するターゲットの質などの影響を受けますので、必ずしもブースサイズが適正であれば効果が得られるというものではありませんが、この算式は「もっとも経済的に効果が出せるブーススペース」として参考にしていただければと思います。
 

 これである程度の出展規模の目安を得ることは出来ました。
 次にコスト(予算)面から展示会の出展規模について考えてみたいと思います。
 

 冒頭に述べたように展示会が受注の場であるならば、当然見込み客の顧客化による受注計画が展示会出展に際して欠かせません。おそらく現状では、ここまで展示会での受注計画を綿密に立てている企業は少なく、ひいてはそれが展示会効果の把握を曖昧にしている要因だと考えています。
 

 まずある展示会にどのくらいの規模で出展すべきか、企業それぞれの考え方があるでしょうが、ほとんどの場合広告宣伝予算や販売促進費予算の範囲で決定しています。しかしこれは前述した展示会の本質論から見れば本末転倒した捉え方であり、本来は展示会での受注計画をもとにして出展規模を算出する必要があります。
 

 たとえば、ある展示会で10億円の受注を計画したとします。ではそれに見合う出展規模やコストはどの程度が妥当なのか考えてみましょう。
 

 御社の商材の単価などが不明ですので、ここでは仮に出展製品の価格が平均500万円とします。すると10億円の受注を得るためには200台成約しなければなりません。そして必要なコストはどのくらいになるのかを考えていきます。
 

 現在BtoB企業での売上高販管費率はおよそ20%前後とされています。この販管費には販売費に加えて一般管理費も含まれていますので、広告宣伝費はもとより人件費や旅費交通費など様々な費用が含まれます。
 

 そこで少々乱暴ですが、展示会に要する費用を販管費の5%つまり売上高費率1%とします。すると展示会に要するコストは10億円の1%ですから1000万円となります。ここから出展料や電気使用料などの経費を差し引けばおそらく800万円程度がディスプレイに費やすことが出来るコストとなります。出展規模から言えばだいたい1小間9㎡として9小間程度の規模となるでしょう。
 

 そして500万円の製品を200台成約させるに当たって、成約率を50%(有効見込み客なので成約率は高い)とすると400社(人)の集客とブース内でのプロモーションが必要となります。
 

 一方説明員をどのくらい配置すればいいのか考えてみましょう。説明員一人あたり10社(人)/1日程度なら応対可能でしょうから、3日間の会期とすると説明員一人当たりで30社(人)と商談できることになります。そこから逆算すると400/30で13人程度の説明員が必要と算出できます。そして説明員一人当たり会期中に最低15台の成約を得ることがいわゆるノルマとして課せられるわけです。
 

 展示会をイベントの場として単にだれにでもそつなく説明する従来の手法から見れば、この数字はかなりハードルが高いかも知れません。しかし有効な見込み客だけに絞って、通常営業と同様に「商談」することを心がければ、けっして無理な数字ではないはずです。
 

 企業それぞれによって売上高販管費率も違うでしょうし、あくまでも上記の例は一計算式とご理解いただき、もしこれらの数字が無理だとすれば、規模を縮小するか説明員の数を増やすなどして帳尻を合わせるように努力すればいいでしょう。
 

 要は、展示会の出展規模は受注計画に従うと言うことが鉄則なのです。
 

 このように展示会への出展規模や予算設定には二つの方向性があります。一つ目は来場者の記憶残留率から捉えたもっとも効率的な出展規模であり、もう一つは展示会を営業の場として綿密な受注計画をもとに効果的な出展規模を算出する方法です。
 

 企業によって見込み客の質も大きく変わってきますので、どちらを重視するか最終的にはこの二つの指針をもとにバランスよく出展計画を検討されればよいかと考えています。 

優れたブランディング広告の事例を紹介いただきたい

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊹

《質問》
 

弊社では現在企業ブランド強化のため、新聞、雑誌、インターネットの各媒体でブランディング広告を企画しています。計画では3年間にわたって継続的に露出していくつもりです。そこでどのようなブランディング広告が好ましいのか、また社会に受け入れられやすいブランディング広告のノウハウなど、できれば他社の事例を紹介いただければ幸いです。本計画に当たって私の所属している経営企画室と広報室で特別プロジェクトを編成し、マーケットリサーチから広告企画まで一貫して行っていく予定です。(精密機械メーカー・経営企画室) 

《回答》
 

 まずブランディングについては本項の㊱をご覧いただければ大凡のノウハウが得られると思います。ここではブランディングに必要な要因として、「コーポレートブランディング」「プロダクトブランディング」「ヒューマンブランディング」について述べています。

 御社がこれから目指されるのはコーポレートブランディングだと理解できます。主にマスメディアを使用してブランディングを行い、企業イメージや認知度の向上を目指されているのでしょう。しかし、ブランディングで最も重要なのはプロダクトブランディングとヒューマンブランディングであることをもう一度㊱をご覧になって理解していただければ、と思います。

 さてご依頼のブランディング広告の事例紹介なのですが、初めに結論を申し上げますと、私はクリエイティブ業務に関しては事例紹介を行わないことにしています。

 ここ二三年前からセミナーなどで事例紹介を要望される企業が急増しています。このことに私はある種の危惧を感じています。確かに他社の事例は分かりやすく広告手法やノウハウを会得する最短の方法かも知れません。しかしここでもう一度考えていただきたいのは、広告などのクリエイティブは他社とは異なった独自のメッセージやビジュアル展開が重要だと言うことです。

 二三年前から事例紹介の要望が急増したのはおそらく広告理論やコミュニケーション理論、さらには造形心理理論など面倒な理論の会得を避けて、手早く結果を求める傾向が強くなっていると推察します。これは現在のように情報が過剰に多い時代にはある程度仕方ないことかも知れませんが、クリエイティブの独自性を置き去りにして他社と似たような広告展開を行ってもけっしてブランディングに好ましい結果は残せないでしょう。

 とかく私たちは広告などの見た目を意識して「恰好いい広告」や「インパクトの強い広告」などを目指しがちですが、じつは広告の送り手(企業)と受け手(社会)の感じ方に大きな相違が見られることはあまり意識されていません。その証拠に広告企画を行った場合、最終的な決断は送り手である企業の役員会や部長会など企業内部で喧々囂々と議論され、酷い場合は社長の一声で決まってしまうケースが少なくありません。そこには社会の存在など全く無視されています。

 他社の事例紹介が不必要な理由は、いずれの広告もこのように企業の論理によって制作されたものでありブランディング広告として適しているとは言えないからです。また仮に優れたブランディング広告があったとしても、そこには綿密なコンセプト設計が存在しています。広告で最も重要なのはコンセプト設計にありますが残念ながらコンセプト設計の根幹は広告を見ただけでは理解できません。

 もしコンセプトが読み取れたとしても、企業風土や取り扱い製品の異なる企業のコンセプトがそのまま御社に通用するとは限りません。事例紹介の無駄の最大要因がここにあります。したがって事例紹介されても単に広告のビジュアルや切り口などを参考にする程度でしょう。こうして事例を参考にして作られた広告は、どことなく当該企業の広告と似たようなものになってしまい、広告の独自性は完全に失ってしまいます。

 企業の経営者は広告などマスメディアで展開される場合、極端な意外性や特異性を嫌う傾向があります。万が一広告の内容やビジュアルで問題を起こした場合、社会から糾弾されるリスクを恐れているのがその大きな要因です。広告におけるリスク回避はたとえば新聞広告倫理規定や雑誌広告倫理規定などに則って制作すれば何の問題もありません。

 しかし経営者はリスクを恐れるあまり、企業の独自性よりも他社との横並びを優先してしまうのです。こうなればブランディング広告としての役割はほとんどありません。単にメディアスペースを埋めているだけの企業PR広告でしかなくなってしまいます。

 この現象は最近の広告を見ればよく分かると思います。どの企業も同じような視点や切り口で広告展開し、「どこかで見たような広告」が氾濫していることに気がつくと思います。くどいようですが広告に最も大切なのは独自性であり、そこには一件奇異に映るビジュアルやメッセージが存在します。だからオーディエンス(社会)にインパクトを与え記憶に残るのです。その残留記憶がブランドイメージの醸成につながってきます。

 話は飛びますが、アップルのスティーブジョブズはマーケティングを嫌うことで有名でした。彼は表層的なマーケティングを行うよりもまず自分が何を欲しているのか、を極限にまで追求しそれをもとにプロダクト計画に落とし込みました。ここで考えられるのは、自分が欲しているものは他の誰もが欲しているものであること。そしてそれは心の潜在領域にあるために表出しないことです。

 だからマーケティングを行ってもデータとしては出てこないと感じていたのだと思います。マッキントッシュのOSは素晴らしいユーザーインターフェイスをもちながらも企業各社から奇異に見られ、長年にわたって企業内で標準デバイスにはなりませんでした。iPhoneやiPadが出現したときも私たちは驚きを持ってそれらを迎え「ほんとに欲しかったのはこれだったんだ」とその時初めて知らされたわけです。けっしてオーディエンスに媚びることなく自分の欲しいものを追求した結果が、じつは誰もが欲しかったものだったのです。

 広告でも同じことが言えます。特に社内で賞賛される広告などオーディエンスにとっては何のインパクトもありません。それなら、とオーディエンスにアンケートでもして好ましい広告を行ったとしても、単に広告として気に入られるだけでオーディエンスの潜在領域にある心に響く広告とはならず、結果的に記憶から消し去られてしまいます。

 なぜならその広告はオーディエンスに「今」を受け入れられるからです。オーディエンスが奇異に感じて一歩退きながらも、それでも何となく気がかりでもう一度見てみようとする。場合によればネットで再検索してみようと思えるような広告がブランディング広告には不可欠なのです。それには他社の事例などは全く無視して、御社独自のメッセージと切り口でクリエイティブした方がいいと思います。そのためにはまずあなた自身で徹底的にコンセプトを詰めることなのです。 

効率的なコミュニケーション手法とは

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊸

《質問》

以前、貴協会主催のBtoBコミュニケーション大学校を受講したものです。講座ではさまざまなメディアでのBtoBコミュニケーションの基本と応用を教えていただき、大変役に立ちました。しかし一方で最も身近な社内コミュニケーションに目を向けると、どうも最近疑問に思うことがあります。情報共有などの仕組みは十分出来ているのですが、一昔前に比べるとコミュニケーション効率がむしろ低下しているようにも思えるのです。社内コミュニケーションがうまくいかない状況で、メディアコミュニケーションが目標通り達成できるのか心配しています。社内コミュニケーションも含めた広義のコミュニケーションのあり方をもう一度ご教示いただければ幸いです。(電気機器メーカー・営業企画部)

 

《回答》

当協会のBtoBコミュニケーション大学校を受講されありがとうございました。

「社内コミュニケーション」がどのような状況を指しているのか、文面ではよく把握できません。単純に相互コミュニケーションが不調なのか、その結果伝えたい事柄が伝わらないのか、社員同士の話す機会が少なくなったのか……。いずれにしても社内コミュニケーションは、組織内コミュニケーションの原点でもあり非常に重要なポイントです。

BtoBコミュニケーション大学校でメディアコミュニケーションを学ばれ、それに対して社内コミュニケーションのあり方に疑問を持たれたのは素晴らしいことです。通常はメディアコミュニケーションにばかり目が向き社内コミュニケーションが劣化していることに気付いていない企業が少なくありません。

じつはコミュニケーションの最も重要なポイントが多くの場合誤解されています。つまりコミュニケーションとは「伝えること」と理解されている場合がほとんどでしょう。マスコミュニケーションの場合は直接伝えることが出来ませんから、メディアを使うしかないのですが、そこに大きな落とし穴があります。

高価なメディアコストを使い、メディア対応すれば伝わっていると誤解してしまっています。その伝わる効率を広告効果測定などと称して測るわけですが、その測定手法にも大きな問題があります。たとえば社名を列挙し、その企業を知っているかどうかなどといった測定手法には何の意味もありません。なぜなら社名を見て知っているから伝わっていると間接的に測定してしまい、肝心のリコール(思い起こし)に言及していないからです。

マーケティングコミュニケーションで重要なのは、知ってもらうだけではなく認知され常に思い起こされることです。私たちの頭脳は膨大な量の情報を記憶することが出来ます。しかしそのほとんどは思い起こされず、マーケティングの場面で有効に作用しないことが多くあります。

たとえば簡単なテストをしてみましょう。あなたは昨日テレビをご覧になったとします。そこでさまざまなCMを視聴されたと思いますが、今ここで10秒間に10社のCMを思い出してください、と言う質問をします。ほとんどの方はせいぜい5社くらいしか思い起こされないはずです。しかし10社どころか目にした大部分のCMはじつは脳には記憶されているのです。ただ思い出せないだけなのです。マーケティングで重要なのは知らせることだけでなく、認知(内容の理解)されさらに記憶にとどめて思い起こされるまでのプロセスを完全なものにすることです。

コミュニケーションには大きく分けて三つの種類があります。まず一つは単純な事務連絡です。これは伝達効率(伝わったかどうか)が問題になりますが社内コミュニケーションで日常的に行われています。その次にアピールです。アピールは言わば一方的に発信者から伝えたい内容を発信することです。多くの広告がこれに当たります。この場合の問題はマスコミュニケーションの場合、現在ではあまりにも周辺情報量が多いためいくらアピールしても情報に埋もれてしまって届かないケースが多いことです。まして「我が社は世界に誇る○○の技術を持っている」などといった自己アピールはもはや誰も信用する時代ではありません。

最後に重要なコミュニケーションがメッセージです。これはアピールのように直裁的に述べるのではなく、伝えたいことを類推でき、しかも興味ある内容を伝えることです。これによって受け手はその内容の意図しているものが何なのかを自ら調べ、考えることになります。この自分で調べるという行為がじつは記憶に残す重要な役割を持ちます。したがって広告で最も効果的なのはアピール広告ではなくメッセージ広告であることは、本稿の他の項でも述べたとおりです。

「メッセージ」で興味深いお話しをしたいと思います。メッセージには上述したように類推させるメッセージに加えてもう一つ「無言のメッセージ」があります。じつはこの無言のメッセージが最も強力なコミュニケーション手法なのです。たとえば、面と向かって話をしている相手が急に無言になり15分ほど何も話さなくなったとしたらあなたはどうしますか? おそらく「この人どうしたんだろう? 何か気に障ること話したのかな? 気分でも悪いのかな」と気遣うことになるはずです。このときのあなたの心理は、自分の考えを伝えるのではなく相手の心を読み解こうとしていますね。

じつはコミュニケーションの真髄はここなのです。本当のコミュニケーションは伝えることではなくて、相手の心や思いを読み解くことなのです。したがってコミュニケーションで重要なのは伝える能力ではなく読み解く能力なのです。マーケティングでは効果測定にこの考えが取り入れられつつありますが、残念ながら相手の心を読み解く手法やKPIが現在の所見当たらないため、測定結果も曖昧なものになってしまっています。

社内コミュニケーションにおいても同じことが言えます。現在多くの企業でメールコミュニケーションが大半を占めています。これがコミュニケーション不足の最大の課題を引き起こしています。メールコミュニケーションはメーラーというメディアで伝える訳ですが、メールを送信すればコミュニケーション完了と思いがちです。

そこにはメッセージも類推もありません(もっとも事務連絡は直裁的な方がいいのですが)。その結果受け手側もあまり特別な反応を示すことはありません。このことがコミュニケーション不足と思われる要因になっているのでしょう。

しかしもっと重要な課題が現在の企業内コミュニケーションシステムに隠されています。メールでの伝達がメモでのそれに比べて記憶されにくいことは証明されていますし、ましてや社内ネットワークに情報共有のためのデータベースがあるため、何かにつけて自分で調べようとしません。

上述したようにこれでは記憶に残らない断片的な情報が社内を駆け巡り、結果的に社内コミュニケーションがうまくいかない状況を生み出しているとも言えます。

情報共有することで社内のIQが低下し、むしろコミュニケーション能力が劣化するとも言われています。社内においてもメールで伝えるだけではなく、電話を多用するとかお互いにリアルに話す場を持つような仕組みに変えることで、社内コミュニケーションは大きく改善されるはずです。そして常にメールであっても電話であっても言葉の裏に隠れた相手の思いを探ることがコミュニケーション効率を高める最善の方法であることは言うまでもありません。

AIマーケティングの有効性と今後の課題について

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊷

《質問》

弊社は年間売上高1000億円の中堅機械メーカーです。昨今マーケティング分野でもAIが注目され、将来は人工知能によるマーケティング活動が不可欠となる勢いです。そこで質問させていただきたいのですが、本当にマーケティング分野でAIは有効なのでしょうか? 私自身AIそのものがよく理解できていないこともありますが、もし将来的にAIマーケティングが主流になるのなら今から準備を進めたいと考えております。(機械メーカー・マーケティング部)

《回答》

おっしゃるとおり最近はAIマーケティングに関するセミナーなどが多く、あたかもこれからのマーケティング担当者はAIを熟知していなければ立ち遅れるような印象が見受けられます。

結論をまず申し上げますとAIマーケティングはBtoC分野では少なからず課題はあるにせよ有効だと思いますがBtoB分野ではあまりにも課題が大きすぎます。

その前にAIマーケティングで言われているところの「マーケティング」の定義を明確にしておく必要があります。最近はマーケティングの単語が氾濫し、商品の販売やプロモーションに関するプロセスすべてがマーケティングと称されているきらいがあり、それが余計にAIマーケティングの理解度を阻害しているように思います。

マーケティングの定義は、ピーター・ドラッカーによる説が有力ですが、ここではマーケティングとは「最終的にセリング(販売)を不要にするもの」と定義されています。つまりマーケティングが完全であれば黙っていても商品は売れる、と言うことです。しかし本欄の別項でも述べたとおり、とりわけBtoB分野でのビジネスではマーケティングで商品が売れることはほとんどありません。よくヒット商品(あまりヒットしているとは思いませんが)の成功事例としてマーケティングの勝利、のような記述が見られますが、それはマーケティングを徹底して行った結果セリングも同調しヒット商品になり得た、と考えられます。ここでは最終的に刈り取りを行うのはセリングなのです。

このことから推測すると、どうも最近はドラッカーの論理は不可能だと判断し、マーケティングの定義を「セリングを不要にする」から「セリングを補強する」に変化してきているように感じます。つまり、言葉は目新しいですが結局のところマーケティングというのは「販売促進」や「販売助成」と定義せざるを得ないのです。この分野はかなり昔から存在していたものでありマーケティングと名称が変わっただけと理解して良いかと思います。

さてマーケティングを販売促進や販売を目的としたコミュニケーション活動などと見なせばそこにAIの関与する余地は十分あります。AIによってこれらの作業を自動化することは十分可能です。それこそBtoC分野ではセリングまで自動化できるかも知れません。BtoB分野でセリングの自動化が出来ない理由は後述します。

AIマーケティングの可能性を認めたところで、その課題について考えてみたいと思います。まずマーケティングはさておきAIについては基本となるデータはいわゆるビッグデータです。AIに不可欠なのはディープラーニング(深層学習)ですが、それには膨大な量のデータを必要とします。将来のAIは単なるプログラムからAI自身が学習プログラムを作成するようなニューラルネットワーク(神経回路網)が主流になると思われますが、それでも基本となるデータは不可欠なのです。ニューラルネットワークと言えばまさに人間の脳でのニューロンの働きと同じように考えられますが、残念ながら人間と違ってAI自ら経験を積むことは出来ませんので、データや経験則を入力させることがどうしても必要となってきます。そのデータや経験則がマーケットリサーチや個人の嗜好性などさまざまなデータなのです。これらのデータをAI独自のアルゴリズム(計算式)で算出し、最適な結果を提供するのです。

このAIがアルゴリズムによって作動しているところに大きな課題が潜んでいることに気づきます。マーケティング活動はたとえそれが販売促進であれマーケティングコミュニケーションであれ、対象は人間そのものなのです。そして人間には不可解な行動や心理変容がつきものです。たとえばAという商品を買うつもりで商店に行ったところ、結局は買う気もなかったBという商品を買ってしまった経験は誰にもあると思います。

このような心変わりや気変わりさらには予測不可能な行動の変化は動物など脳を持っている生物の特徴なのです。そしてこの心変わりや態度変容は「変数」と言えます。一方でAIのアルゴリズムは膨大なデータから構築した定数が基本となって動作します。

定数で構築されたアルゴリズムに変数が入り込む余地を作ればもっと現実的なAIも可能でしょうが、それも人間が入力しなければなりませんし変数であるが故に何が変数なのかも理解できないため、これはほぼ不可能に近いでしょう。ではAI自体が変数を見つけてそれをアルゴリズムに組み込む可能性について考えてみましょう。その可能性はなくはないですが、変数自体に又別の変数を生じさせる特性を持っています。そうするとAIのアルゴリズムは変数だらけになってしまいます。こうなるともうアルゴリズムとは呼べない代物で我々人間が「勘」で結果を出すことに似たような形になるわけです。つまりAIの最大の弱点は変数に対する対応が未熟であることであり、また一方ではこの変数がマーケティングの妙味でもあるのです。このことからマーケティングにAIを活用するにはかなり大きな課題を克服しなければなりません。

もう一つ前述したようにBtoB分野でAIマーケティングが生かし切れない理由に、BtoB分野は組織購買であることです。そこではまず組織の変数をどのように見分けるか、これは企業によって独自の組織風土がありますからかなり難しい課題です。さらに組織を構成する個人の変数は前述したとおりです。企業だからすべて合理的に購買判断されているならともかく、多くの場合組織の属する個人の考えや好みによって購買判断されるケースは少なくありません。酷い場合は最終決済まで行っていた案件が、社長のお気に入りの業者に急遽変更させられる場合もあります。このようにむしろBtoB分野の方がAIのアルゴリズムを阻害する変数の存在は大きいと思われます。

さらに日本企業独特の課題として、コンプライアンスの関係上「稟議制度」が存在することです。いくらAIを駆使したマーケティング活動を行っても企業の稟議プロセスにまで入り込むことは出来ません。そしてその稟議に多くの変数が関わっているのもまた事実なのです。このようにAIマーケティングはたとえ販売促進レベルであったとしても少なくともBtoB分野ではまだ課題が多すぎると考えています。

最後に決定的な課題を申し添えておきます。もし最高に優れたマーケティングが可能なAIが存在するとしたら競合企業は揃ってそれを導入するでしょう。その結果は? つまり結局はセリングのスキルに勝る企業だけが勝利の美酒を味わえるのです。セリングを無視したAIマーケティングはあり得ないと言うことです。

インフォグラフィックスの作成と有効な利用の仕方

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊶

《質問》

インフォグラフィックスについて大変興味があります。しかしいざそれを制作するとなると、どのようにすればいいのか、またどんなメディア展開がふさわしいのかまだ理解できていません。確か、展示会の説明パネルの代わりにインフォグラフィックスを利用すると効果があるように伺った記憶があります。まずインフォグラフィックスとは何か、そして作成の仕方とどんなメディアに展開すればよいのかご教授いただければ幸いです。(車両部品メーカー・マーケティング部)

 

《回答》

インフォグラフィックスは人によってその定義や理解の仕方がかなり異なります。広義に考えれば、私たちに身近な地図や交通機関の路線図がその代表例です。またピクトグラムもごく一般的に使用されています。たとえばよく目にする非常口やトイレのサインがこれに当たります。さらに少し専門的ですが、電気配線図や設計図などもインフォグラフィックスと解釈できます。

しかしここで言うインフォグラフィックスは、言わば情報デザインであり、さまざまな情報やデータとその関係性をビジュアルで表したものを指しています。そしてインフォグラフィックスでは出来るだけ文字に頼らないビジュアルコミュニケーションが必要となります。

一方でピクトグラムは単一の情報や現象をビジュアル化したもので、ピクトグラムそれぞれの関係性はありません。しかしピクトグラムを組み合わせて一つのインフォグラフィックスにまとめ上げることは可能です。

また、電気配線図などの専門的なチャートは、確かにインフォグラフィックスの範疇に入るものですが、そこには一定の約束事が存在します。たとえばコンセントのマークや配電盤のマークなど、素人には一目で理解できないマークや図によって構成され、その専門家たちにとっては効率的なビジュアルコミュニケーションの役割を果たしますが、一般の人にとっては全く理解できないビジュアルと言えます。ただ電気配線図は専門家向けですが、インフォグラフィックスの定義を説明するのに非常に都合の良いものです。上述したようにインフォグラフィックスでは出来るだけ文字を使わないことと述べましたが、仮に電気配線図を文字のみで説明するとなると、気が遠くなるほどの文章量が必要になりますし、それを読みながら電気配線するなど至難のわざとも言えます。

このようにインフォグラフィックスは文字によるコミュニケーションではなくイラストや図によるビジュアルコミュニケーションなのです。

我が国は欧米に比べて極端にインフォグラフィックスが遅れています。その理由は欧米諸国はほとんどが多民族国家であり、文字によるコミュニケーションが困難なため「誰が見ても理解できる」インフォグラフィックスを多用せざるを得ないため自然にインフォグラフィックスの表現手法が洗練されてきました。一方我が国は単一民族国家ですから、ほとんどの場合文字によってコミュニケーションが可能です。したがって面倒なビジュアルをデザインするよりも文字で表現する方が手っ取り早いことがインフォグラフィックスの発展を妨げています。

その証拠に我が国で目にするインフォグラフィックスはとにかく文字の量が多すぎ、情報を「見せて理解させる」ことから「読ませて理解させる」作品が多く見られます。

この場合グラフィックスは挿絵のように文章の補助的な役割しか果たしていません。おそらくビジュアルだけでは十分情報が伝わらないから文章を使用せざるを得ないと言う思いがあるのでしょうが、これがインフォグラフィックスの発展を阻害しているのです。

ここで大まかなインフォグラフィックスの作り方を述べたいと思います。まず伝えたい情報の整理が基本になります。この場合出来るだけ簡潔に情報ごとに列挙する方がいいでしょう。次にそれらの情報の関係性を流れや集団化などで紐付けしていきます。この段階の情報はまだ文章でも問題ありません。最後にそれぞれの情報をビジュアル化する訳ですが、極力文字を使わないことを前提に、伝えたい情報やデータをどのようなビジュアルで表現すればよいのか、を考えます。情報の流れが重要であればフローチャートのような形が考えられますし、量や状態を示すのであればグラフやブロックダイアグラムなどの表現手法を使います。

ここで気をつけなければならないのは、けっして電気配線図のような約束事に基づいたマークやシンボルを使用しないことです。誰もが見るだけで理解できるようなデザインを追求しなければなりません。

見るだけで理解できることを重視するあまり、具象的なイラストなどを使用することが少なくありませんが、あまり具象的な図柄になってしまうと図柄自身の意味にとらわれすぎて全体の関係性が理解しづらくなることがあります。その意味では抽象的な図柄を用いることも考えられます。しかし単純な抽象図はその図の意味が不明になってしまいます。したがってそれらのさじ加減が重要なポイントになります。具象図の場合も出来るだけ余分なビジュアルを除いて抽象化することが大切です(たとえばシルエットなど)。

インフォグラフィックスには文字は不要と述べましたが、「記号」としての文字は言わばビジュアルの一部であり、とりわけデータの表現では多用されます。ピクトグラムの一種ではありますがたとえば交通標識の速度制限などで「60」と表示されておれば、誰もがその数字を読むのではなく見るだけで制限速度が時速60kmだと理解できます。ただしこれも交通法規による約束事が前提となっていますから、単独で用いれば何のことか理解できません。しかしインフォグラフィックスの中で関係性を表現するためにこのような数字や単語を適切に使用すれば、コミュニケーション効率はさらに向上してきます。

インフォグラフィックスのメディア展開で、本欄でも展示会の説明パネルの代用と提唱していたのは、さまざまな展示会で調査した結果、説明パネルを読んでいる来場者の平均所要時間が20秒だったからです。20秒と言えば文字数に換算すると120文字程度です。しかもほとんどの来場者は説明パネルには目も向けません。つまり展示会での説明パネルは読まれているのではなく見られているのです。それなら見て理解が出来るインフォグラフィックスにした方が、コミュニケーション効率が上がるだろうという推測に基づいています。

インフォグラフィックスは冒頭お話ししたように情報やデータをビジュアルで表現するものです。どうしても文字(文章)で記載しないと心許ない気持ちは分かりますが、いくら文章で述べたところで、説明パネルのように読んでくれなければ制作者の自己満足となりかねません。

勇気を出して文字の量を極力削減したインフォグラフィックスなら、展示会以外にも広告やWEBサイトなどすべてのメディアでのコミュニケーション改革が可能になります。ヘッドラインと社名以外の文字を排除したインフォグラフィックスだけの新聞広告は、文字を多用した広告よりも端的にメッセージすることが可能だと考えています。

 

中小企業が異業種交流展へ出展する際、留意するポイントは

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊵

《質問》

弊社は資本金4000万円で従業員60名の中小企業です。従来から広告は全く行っておらず(広告専門部署はありません)、わずかに年間数件の展示会に出展するのみです。展示会と言ってもほとんどが一小間のごく小規模です。このたび一般の展示会とは違った異業種交流展に出展する予定ですが、一般展示会と異業種交流展の違いや出展に際しての留意事項がありましたらご教授いただきたく思います。ちなみに一般展示会での出展効果はあまり把握していません。(金型メーカー・製造部)

 

《回答》

一般展示会と異業種交流展とはその性格も来場者の目的も大きく異なっていますが、このことはあまり知られていません。したがって異業種交流展でも、一般展示会と同じような展示手法をとる企業が少なくなく、出展者側も来場者側も結果的に有効な結果が得られていないのが現状です。

ここで一般展示会と異業種交流展の特性上の違いを述べたいと思います。

一般展示会はほとんどの場合出展者は広い意味での同業者です。つまり出展者同士は競合企業になります。ただ業界展と違ってテーマ性のある一般展示会の場合は、必ずしも出展者が同業者であることはなく、異業種が混在することはあります。しかし出展目的はあくまでも商談機会を得ることであり、ひいては受注の確保が出展者側の最大の目的になります。そして来場者は自社の生産性を向上させるためや自社製品の性能向上のための設備導入を目的として来場されます。

それを裏付けるように、一般展示会での来場者の属性は開発設計部門と営業部門がそれぞれ30%前後となっており来場者の大半を占めています。このうち開発設計部門の30%がいわゆる有効来場者と言えるものです。営業部門は30%と比率は高いですが、ほとんどの場合、前述した競合企業の集まった展示会ですから、彼らの役割は競合企業のリサーチが主目的となります。競合企業の技術レベルがどの程度なのか、どんな新製品を開発しているのか、それを探るのが営業部門と一部の開発設計部門なのです。

したがって、有効来場者は極めて少なく以前本欄でも述べているように、出展者自らが見込み客を呼ばなければなかなか商談機会が得られず受注にも結びつきません。このあたりが、「展示会に出展しても効果がよく分からない」と言われる所以です。

一方異業種交流展の場合は大きく異なります。まず出展者は異業種ですから競合企業は非常に少なくなります。場合によると出展者が有効潜在顧客であることも考えられます。ここで問題なのは、出展目的です。一般展示会と同じように受注の確保を期待しても思うような結果は得られません。それは来場者の属性と来場目的が一般展示会と全く異なるからです。

異業種交流展の来場者属性は、最も多いのは営業部門で25%前後となっています。その次に多いのは企画マーケティング部門で20%前後、そしてなんと経営管理部門が17%前後となっています。このことから来場者の最大の目的は自社にはないシーズの探索や新製品の共同開発の相手を探し出すことであることが容易に推測出来ます。ちなみに営業部門が多いですが、これは競合企業のリサーチではなく、大手企業のバイヤーによる一括仕入れを目的としたものと考えられます。ここで注目すべきなのが、企画マーケティングと経営管理部門の来場者が非常に多いことです。一般展示会ではこれらの部門からの来場者はそれぞれ数%程度であり、その23倍以上もある異業種交流展の最大の特徴とも言えます。

これは何を意味しているのでしょう。じつは今、大手企業では自社のシーズだけでは革新的な新製品開発が困難になっている現状があります。その理由で最も大きいのは一時期の不況時に有能な技術者が大量解雇されたり定年退職した結果、技術開発のプロセスに大きなエアーポケットが生じてきている証とも言えます。それを補うためには、どんな状況下にあってもユニークな技術で独自の製品や部品開発を行っている中小企業との協業やM&Aを視野に入れなければならないのです。一般展示会ではほとんど顔を見せない大手企業の経営管理部門が多数来場されていることは、おそらく中小企業との技術提携やM&Aを目的としているのでしょう。

M&Aはともかく、もはや大手企業は中小企業の持つ独自技術無しでは新製品開発が出来なくなっていると極論することも出来ます。その大手企業にとって異業種交流展は絶好の機会でもあるのです。

これに加えて興味深い現象が異業種交流展では起きています。それは出展者同士が協業して革新的な新製品を生み出そうとする傾向が強くなってきていることです。つまり、一般展示会のような競合企業の集まりではなく異業種の集合ですからこういったことも可能になるのです。

展示会効果を最大化するために最も重要なのは「見込み客を集客すること」と本欄でもくどいくらい呼びかけていますが、これは一般展示会に適応できるものです。異業種交流展の場合は、極端に言えば出展者が見込み客を集客する必要はありません。御社のように広告活動を全く行っていない中小企業では、失礼ながらそんなに多くの見込み客を持っておられるとも思えませんから。異業種交流展では大手企業にとって死活問題となる革新的な新製品開発のネタ(シーズ)を求めてわざわざ来場されるわけですから、集客に力を注ぐよりもそれに応じられるような技術や製品の見せ方やアピールの仕方を工夫しなければなりません。

来場者である大手企業は血眼になって協業先を探索しているわけですから、限られた時間内に出来るだけ多くのブースを回り、自社に有効な技術を見つけ出そうとしています。したがって、自らの優位性を説明パネルなどでこと細かく述べても誰も読んでくれません。まず「御社のコア技術を端的に述べること」が重要です。できればインフォグラフィックスなどで視覚に訴える方が効果的ですが、もし文字に頼らなければならない場合は、極力120文字以内でしっかりと端的に記述することが肝要です。そして御社の技術や製品の優位性を担保するためには、出来るだけ数字で表現した方が説得力はあると考えます。

さらに展示会の鉄則である「必ず稼働させること」も忘れてはなりません。部品などの場合は稼働は難しいと思われますが、その場合は使用状況の映像や予想できる応用分野などを簡潔に表示することで対応できます。

社会を驚かすような革新的な新製品や新技術は、とかく異業種の融合によってもたらされることは過去を遡ってみればよく理解できると思います。その貴重な場が異業種交流展とも言えるのです。

ご質問の「中小企業が異業種交流展へ出展する際、留意するポイント」は、御社の技術を端的に出来れば数字を使ってアピールすることにつきると思います。

なお、上述した来場者属性の数字は一般展示会については10数件の展示会の平均値を、そして異業種交流展の数字は中小企業基盤整備機構が主催している新価値創造展の数字を参考にしています。


取扱説明書はブランディングに有効か

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊴

《質問》

以前本欄でブランディング手法について拝見しました。そこではプロダクトブランディングが有効だと記され、製品の取扱説明書もブランディングの要因になると言われていました。取扱説明書は私の担当ではないですが、弊社でも取扱説明書の専門部署があります。ブランディングに有効な取扱説明書がどのようなものかについて、もう少し詳しくご教授いただければありがたいと思います。(医療機器メーカー・製品企画部)

《回答》

「認知度向上のための効果的なブランディング手法」の本稿からのご質問ですね。

プロダクトブランディングが有効なのは、とりわけBtoB業界では製品やサービスがメディアよりも遙かに日常の露出が多いことが要因です。いくらメディアを使用して製品や企業の優位性を訴えても、製品やサービスがお客様から信任を得ていなければ好ましいブランドは成り立ちません。その意味ではまず有効なブランディングにはお客様から評価されるものづくりやサービスが不可欠となってきます。

しかし現状は多様なメディアを駆使したブランディングが主流で、製品やサービスの使用現場でのブランド認識率が軽視されています。誰もが経験することですが、いくら素晴らしい広告を行っていてもその企業の提供する製品やサービスが使いづらかったり故障が多ければ当該企業のブランドは一気に低下してしまいます。

ご質問は取扱説明書がブランディングにどのように影響を与えるか、と言うことだと思いますが、じつはブランディングにおいて取扱説明書はいわばエアーポケットのような存在になっています。

素晴らしい先端技術を駆使して優れた性能を持つ製品であり、間違いなく使用者に新たな価値をもたらすものであれば、プロダクトブランディングには極めて有効に作用します。

しかしここでその製品の取扱説明書が読みづらいとか緊急時にどのページを見れば対応できるのか即座に判断できないような作りでは、せっかくの製品のブランド価値は低下してしまうのです。

言うなれば製品と取扱説明書は一心同体でブランディングに寄与しているのです。しかし現実は製品開発部門と取扱説明書の制作部門がほとんどの企業の場合分離しています。ここが大きな課題となっています。

極論を申し上げれば、プロダクトブランディングの基礎となるプロダクトコミュニケーションは、じつは使用者と製品そのものとのコミュニケーションと言えます。しかし現実には製品が使用者に向かって語る訳ではありません。したがってその間に取扱説明書というメディアが存在し、製品の語りを代替しているのです。つまり、プロダクトコミュニケーションにおける取扱説明書は本来は邪魔な存在とも言えます。

とはいうものの取扱説明書なくして製品の操作は不可能でしょうし、使用者側も製品を駆使するに当たってどうしても取扱説明書を頼りにしてしまっているのが現状です。

取扱説明書をプロダクトブランディングの一環として有効に機能させるためにはいくつかの課題を克服しなければなりません。まず、前述した製品開発者と取扱説明書制作者との分離を解消することです。これには製品開発時点で取扱説明書制作担当の参加が必要条件となります。開発担当は技術的な視点でものづくりを行い、取扱説明書担当者は使用者の視点で操作性やUI(ユーザーインターフェイス)に取り組むことになります。

つまり開発者目線と使用者目線とを開発の時点ですでに融合させていることが不可欠だと言うことです。製品開発時に見落とされがちなのは、開発者目線と使用者心理は異なるということです。開発者は性能や機能重視でものづくりしますが、使用者は性能や機能がよいのは当たり前で、むしろ適確な操作やトラブル発生時の心理状態が製品に対するブランドイメージに影響を与えます。

現在はどの企業でもプロダクトコミュニケーションは十分とは言えず、これがコーポレートブランディングとプロダクトブランディングに齟齬を来たし、結果的にコーポレートブランディングの低下を招くことが少なくありません。

プロダクトコミュニケーションには二つの課題があり、一つは取扱説明書によるテクニカルコミュニケーション伝達力の課題。もう一つは使用者の取扱説明書に対するテクニカルコミュニケーション読解力の課題です。これらを解決するためにも前述した開発時点から取扱説明書担当者の参加が望まれるのです。

話はそれますが、今後社会やビジネスの分野では大きな課題が待っています。超高齢化による取扱説明書認知度の低下。製品の高機能化やデジタル化によるデジタルデバイドの問題。オーバースペックとも言える製品の多機能化に反した使用者側での取扱説明書の読解力の低下など。これらの課題は今後否応なく各企業に押し寄せ、場合によれば製品開発のプロセスそのものを大きく改革せざるを得ない事態がやってくると推察できます。

この事態に対応するためにはまずプロダクトコミュニケーションの基本である製品そのものが使用者と対話できる機能が不可欠になってきます。つまり取扱説明書がなくても製品を操作でき、トラブル発生時には適切な対応の仕方を製品自らが指示を出す仕組みです。おそらく遠くない時期にはすべての製品にはAIと音声認識機能が組み込まれ、製品と使用者との対話は実現するでしょう。

さらに興味深いのは、じつは製品の操作やトラブル対応はメーカーよりも使用者の方が熟知していると言うことです。その意味では製品開発時に使用者を参加させることも選択肢としてはあると思いますが、機密情報の管理という側面からなかなか難しいと考えます。それならば、使用者の製品に対する操作方法やトラブル対応情報をクラウドでデータベース化し、さらにスマホやタブレットを製品にかざすだけで機器認証ができ、必要とするクラウド内の情報を得ることも可能になるでしょう。

この場合は使用者がクラウドデータベースに製品情報を入力しなければなりませんが、このプロセスもブランディングでは有効に作用することが考えられます。言い換えれば、使用者による使用者のための取扱説明書がクラウドに存在し、タブレットなどで即座にアクセスできる次世代の取扱説明書(操作指示・トラブル対応)データベースなのです。

このいずれもがまだまだ技術的にもコスト的にも無理だと思われる場合、もう一つの有効な手段は取扱説明書を「読む取扱説明書」ではなく「見る取扱説明書」に変貌させることです。我々の頭脳での情報処理は文章を読むよりも視覚的に見せる方が遙かに効率的です。そのためにはまだ我が国ではあまり普及していませんが、インフォグラフィックスを多用した取扱説明書が待たれるところです。

プロダクトブランディングはBtoB企業では非常に有効ですが、それを阻害している要因として取扱説明書の存在があること、そして取扱説明書を改善するか不要にするほどの製品機能の改革が、今後プロダクトブランディングの観点から重要になってくると思われます。

バーチャル展示会の有効性について

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊳

《質問》

昨今デジタルの分野では、VR等を筆頭に凄まじい進化を遂げています。これにあわせて我が社では展示会をバーチャル化しVR等を駆使した新しいネット展示会を企画しているところです。しかし会社では、ほんとにネット上の展示会に効果があるのかどうか、またコストがかかりすぎるのでは、と言った意見が多く思うように企画が進んでいません。ネット上のバーチャル展示会が有効であることを、社内に説得できるような論拠をご教授いただければ幸いです(工作機械メーカー・営業企画部)

 


《回答》

まずお話では、ネット上でバーチャルに展示会を行い、そこでVRなど仮想空間を駆使してバーチャル展示の価値を上げたいと考えておられると言うことだと認識します。

前向きにバーチャル展示やデジタル技術を導入して販売促進に役立てたいという貴方の考え方は今後のネット社会の発展のためにも貴重なものだと考えます。

しかし、大変心苦しいですが結論を先にお話ししますと、現状のインターネット状況(ハード面およびソフト面)や各企業のネットへの対応を考慮しますと、まず貴方が考えておられるバーチャル展示会が成功するのは非常に困難だと思います。

その根拠をお話ししたいと思います。

貴方が考えておられる「ネット上のバーチャル展示会」。よく考えれば少し違和感がありませんか? 我々が日常何気なく使っているインターネットで閲覧できるすべてのコンテンツは、じつはすべてバーチャルであることに気づくはずです。

たとえば企業のWEBサイトにしても、ネット上に企業が存在するわけではなく、サーバーの中にコンピュータ言語で記載されたコンテンツをブラウザを通じてあたかもそこに企業があるかのように理解しているのです。これがインターネットの特性でもありますが、まずインターネット上のコンテンツがバーチャルであることを認識すべきだと思います。

するとバーチャル展示会というのはどのように捉えればいいのでしょうか? 「バーチャル上に展開するバーチャル展示会」という不思議で非論理的な展示会になってしまいます。

さらに申し上げれば、じつはネット上のすべてのコンテンツがバーチャルであるなら、もうすでにバーチャル展示会は実現されているとも言えます。つまり我々がキーワードなどで検索しヒットした企業のWEBサイト。これがリアルの展示会におけるブースと同じ機能を持っていると理解できます。

しかもこのバーチャル展示会は365日世界中で開催されている展示会だとも言えます。ここでは誰でもが自由にさまざまな企業(WEBサイト=ブース)を訪問し、情報収集したり問い合わせを行うことが可能なのです。

したがって、論理的に考えると「バーチャル展示会」というのはあり得ないことであり、あえてWEBサイトとは別にバーチャル展示会を行うのはコストの無駄遣いにつながってしまいます。

そしてもう一つの重要なポイントである「VR」ですが、これは特殊な機材(VRゴーグルなど)が準備されていて始めて効果が得られるものです。ネット上でたとえVRを駆使したコンテンツを公開しても、本格的な3次元仮想空間は体験できません。なぜならまだ現状ではパソコンに接続したVRゴーグルを利用して3次元仮想空間を実現できるまでには至っていないからです。したがってWEBサイト上で3次元的に見せるとしてもそれはあくまでも3次元っぽく見せた2次元の世界でしかありません。

話は横道にそれますが、2003年にSecond Lifeというネット上で仮想空間を作り出し、企業が参加してまさしく展示会やセミナーなどを行うという画期的な仕組みが注目を集めたことはご存じだと思います。しかしそれもわずか数年もたたずに頓挫してしまいました。頓挫した最大の理由はトラフィックの問題だと言われています。つまり、ネット上で3次元仮想空間を作り出し、そこにアバターと称される人たちが参加する仕組みが膨大なデータ容量を必要とし、ネットワークの容量を超えてしまったためにアバター(参加する我々)の動きが鈍くなりとても実用には耐えられなくなってしまったのです。この仮想世界には多くの企業が参加していましたが、企業内でSecond Lifeにアクセスすると企業のネットワーク環境にも悪い影響を与え、まして業務中にこのような動きの遅いサイトにアクセスすることは時間の無駄遣いにもなり許されるものではありません。このような現象が多発したために、素晴らしいビジョンを持っていたにもかかわらずSecond Lifeは頓挫してしまったのです。

企業のWEBサイトで3次元仮想空間を作り出すとなると、おそらくSecond Lifeと同じような結果が待ち受けていると考えられます。貴方が企画しておられるバーチャル展示会がどのようなものかは分かりませんが、VRを駆使してバーチャル空間を構築すると言うことから、間違いなくデータ容量の問題が出てきて結果的にはアクセス数は漸減していくと考えています。

このようにインターネット上でバーチャル展示会を行うのは、いわば「バーチャル・バーチャル展示会」となりイベントとしては興味を持たれて当初はそれなりの訪問数を確保できるかも知れませんが、やがて訪問者も少なくなり維持コストなどのコスト負担が問題視されてくると思われます。

さらにもっとも大きな問題は、展示会はあくまでもリアルに行うから展示会であると言うことです。別稿でも述べておりますが、展示会はフェイス・ツー・フェイスマーケティングの最高の場であり、リアルに製品や説明員と接触することによって受注に寄与できる使命を持っています。

バーチャル展示会はこの展示会の最も重要なポイントをすべて投げ捨てるものであり、とても展示会としての機能は期待できません。

ただVRに関しては、御社が工作機械メーカーであることを考えると、リアルな展示会では巨大な装置の持ち込みに支障を来すことも考えられます。おそらくこのことがバーチャル展示会の発想につながったのだと推測しますが、それならばリアルな展示会でVRコーナーを設置して、製品の稼働状態を仮想現実としてみせるには非常に効果があると思います。ここではVRに必要なゴーグルなどの設備を準備しておけば十分対応できますし、スタンドアローンですのでトラフィックの問題も回避できます。

このようにお話しするとおそらく、お客様にわざわざ展示会場に来ていただく手間を煩わせることになる、と言った否定的な意見が出て来ると思われます。しかしお客様にとって動きが遅くVRといえども十分な情報が得られず、さらに説明員に直接問い合わせることも出来ないバーチャル展示会を社内から閲覧するよりもリアルな展示会に出向く方が遙かに業務効率が上がると考えられるでしょう。

貴方のせっかくの企画に水を差すようで申し訳ありませんが、現実的な営業活動やコスト効率を考えると、企画の見直しをされた方が良いと思っています。

ディレクターシステムについてご教授ください

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊲

《質問》

先日あるセミナーで「ディレクターシステム」について知りました。短時間の講義内容でしたので詳細がよく理解できずにおります。しかし広告宣伝部門の効率的な運営の仕方として大変興味があります。弊社は部員が5人の小規模な広告宣伝部門ですのでぜひ参考にしたいと思っています。できましたら実際に運営されている企業様の事例なども紹介いただければありがたいと思っています。(食品製造機械メーカー・広告宣伝部)

 

《回答》

「ディレクターシステム」はひとことで言えば、広告宣伝部門のすべての担当者(広告経理などを除く)がディレクターとして業務を行うと言うことです。

では現状の企業はどうなのかを考えてみましょう。現在では多くの企業は外注指向で、この場合の外注先は広告代理店がほとんどだと考えられます。そして外注先に対する発注形態は、まずオリエンテーションを行い、その内容にしたがって制作されたプレゼンテーションを評価することが主なプロセスになっています。この場合は、外注でほとんどの広告宣伝メディアやツールの制作を行いますから、作業効率は非常に高いと言えます。しかしコスト効率は後述するように適切とは言えませんし、それ以上に問題なのは、自社に広告に対するノウハウなどの蓄積ができないことです。

一方で現在ではほとんど少なくなりましたが、広告企画から制作まですべてを自社で行う場合です。これには当然広告宣伝業務の専門教育を受けた人材が存在していることが絶対条件になりますが、じつは外注費用が発生しない分コスト効率が良いように思われますが、決してそうではないことは後述します。

ここで広告(展示会やカタログを含めた広義の広告)の制作プロセスを考えてみたいと思います。

まず一番大切なのは、広告を行う目的とターゲットの選定です。その次にメディアの選定になりますが、これはマスメディアに限らずカタログなどのプロモーションメディアや展示会などのフェイス・ツー・フェイスメディアも含まれます。

ここで欠かせないのがマーケティングリサーチのデータですが、じつはマーケティングリサーチそのものが極めて不確実性を持っていることに気づかれていない場合が散見できます。したがって大げさなマーケティングリサーチを行うよりも、営業担当者からの顧客へのヒアリングや意見などを参考にした方が効率的な面があります。

念のため申し上げておきますが、有効なマーケティングリサーチはアンケートなどではなく、サンプル一人一人に対して2時間程度の時間をかけて対面でヒアリングすることです。そしてデータとして有効性が認められるには最低500サンプルが必要になります。したがってリサーチには合計で500万〜1000万円のリサーチコストがかかることになります。これが高額すぎるからと言って最近ではネットを利用したアンケートが流行っていますが、価格は安い分データの信頼性は極端に落ちることは念頭に置くべきだと考えています。

次に重要なのは、広告コンセプトの策定です。コンセプトとセールスポイントを混同されがちですが、コンセプトとは広告を通じてオーディエンスにどのようなメッセージを伝えるのかと言うことです。したがってセールスポイントはコンセプトに包含されていますし、有効なコンセプトとはコンセプトからセールスポイントがメッセージとしてオーディエンスに伝わらなければなりません。

ここで重要な点は、自社の企業理念や製品・技術・マーケットは自社の社員が一番よく知っているということです。先に挙げたすべて外注する場合、酷いケースではこのコンセプト策定まで外注するケースが少なくありませんが、自社についての詳細があまり理解されていない広告代理店に適切なコンセプトが策定できるはずもありません。

コンセプトが策定されればそれに則ったクリエイティブ作業に入ります。ここでは広告やデザインの知見を持つ専門家が広告宣伝部に存在しているかどうかで大きく変わってきます。専門家がいなければ当然外部プロダクションに外注せざるを得ませんし、専門家がいれば内制は十分可能でしょう。しかし内制の場合気をつけたいのはコストの問題です。社内で制作するから外注費用がかからずコストダウンに寄与できると考えがちですが、じつは単位時間あたりの人件費は多くの場合プロダクションよりもメーカーの方が高く、内制によって結果的に余計なコスト負担をもたらしていることを忘れてはなりません。

そしてこの一連の作業を行う場合、広告宣伝部門にデザインや広告に関する知見を持つ専門家がいるいないに関わらず有効な制作手法が「ディレクターシステム」なのです。

ここで言うディレクターとはもちろん自社の広告宣伝部員を指します。そこでディレクターの役割を少し述べますと、まず広告目的やターゲティングから始めてメディアの選択を行い、コンセプトを策定し、それに適切なクリエイティブを導き出す役割と言えます。そしてディレクターシステムでは、自社の内情や製品・技術・マーケットの状況についてもっともよく知っている人材がディレクターとして機能するわけですから、最高の仕組みだと考えています。

ちなみに広告代理店に丸投げした場合、ディレクターのコストは全体の510%必要になってきます。しかも企業内容を熟知していないディレクターにこれだけのコストを費やすことになります。

多くの企業の場合はデザインや広告に対する知見を持つ人材は少ないと思われますが、メディア選定とコンセプト設計の段階まではこれらの知見はあまり必要ではありません。むしろマーケットに対する知見の方が優先されますので、このことからも自社の人材がディレクターとして機能する方が効率的でよい広告が期待できるのです。

クリエイティブに関しては自社に専門家がいなければ当然制作プロダクションに外注することになりますが、ここで重要な点を述べておきます。それは安易に広告代理店に外注するのではなく直接制作プロダクションとともに、自社のディレクターがクリエイターと議論し、クリエイティブを完成させることが成功への近道です。

自社にクリエイティブの専門家がいる場合でも、彼らがディレクターとして外部プロダクションの外注する方が遙かにコスト効率は良くなります。

そしてプロダクションから提示されたプレゼンテーションの評価に移るわけですが、重要なのは決して会議など社内の多数意見を頼らないことです。あくまでもオーディエンス向けの広告ですので、社内の意見や論理は関係ありませんし、会議コストも無視できません。したがってディレクターの責任によって自らが自信を持って評価すればいいのです。

ディレクターシステムはこのようにクリエイティブコストの削減と質の向上のための秘策だとも言えます。単純に広告代理店に丸投げするのではなくて、広告やプロモーションの要所は自社で押さえ、クリエイティブのみを外注することがディレクターシステムの根幹になります。

他社の事例を希望されていますが、当該企業の内部情報に関するものであり具体的な企業紹介はこの場では差し控えたいと思います。

認知度向上のための、効率的なブランディング手法とは

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊱

《質問》

弊社はBtoB企業であるため知名度が低く、何とかもっと知名度を上げて業績に反映できないかと模索しています。すでに多くのブランディングに関する書籍を読みましたが、いずれも非常に難解でとても現実の業務に生かすことは難しいように感じています。ブランディングとはこんなに複雑で学者でしか理解できないようなものなのでしょうか。もっと分かりやすくだれにでも取り組むことが出来るブランディング手法をご教授いただければ大変助かります。(機械メーカー・総務部)

 

《回答》

ご指摘の通り最近はブランディングに関する書籍は多く出版されていますが、いずれも一般社会人が理解するには非常に難解な内容であることは確かです。それはどうしても経営学の立ち位置でブランディングを述べると、様々な論文の引用などから自ずと難しい内容にならざるを得ないからです。

そのような難しい書物を読むまでもなく、これから述べる内容を御社の出来る範囲で行っていただければ、ある程度の成果は間違いなく出てくると思いますので、安心してください。

その前に、御社が誤解されている重要な点を指摘しておきたいと思います。

まず、ブランディングと認知度は少なからず関係しますが、認知度と業績は直接的には関係ありません。認知度が高くなったからと言って売上げが増加するわけではなく、また認知度が極端に低い企業でも毎年売上げ増加を達成している企業もあります。

したがってブランディングの目的は、まずターゲットとなる見込み客層に対するブランド認知と記憶、さらには記憶再生がいかに効率的に行われるか、であり業績はその効率がもたらす結果として表れてくるものです。しかし一方で、ブランドの重要性を語る上で大変興味深い現象があります。具体的なデータは持ち合わせていませんが、ブランド浸透率がある程度まで達成できると、極端な場合販売力が弱くても商品は売れてしまう現象です。おそらく見込み客や顧客の中で、態度変容にまで影響を与えるブランドの好意的な評価と記憶再生率が影響していると考えられます。

このような観点から見れば、ブランディングは企業経営にとって非常に重要な位置づけにあると思われます。しかもブランドを醸成する要因は多くの分野にまたがっています。

ブランディングは大きく分けて、「コーポレートブランディング」「プロダクトブランディング」「ヒューマンブランディング」の三つに分けることが出来ます。

まずブランド担当者に最も馴染みのある「コーポレートブランド」について述べたいと思います。

まず代表的なブランディングはマスメディアを使用した「ブランディング広告」ですが、ここでもブランディング広告と企業PRの混同が起きています。これは非常に重要なことですのでもう少し詳しくお話しします。

簡単に言えば現在ブランディング広告とされているもののほとんどは企業PR広告と言えます。ではブランディング広告と企業PR広告の違いがどこにあるのか。ブランディング広告は「メッセージ広告」と言いかえられます。一方の企業PR広告は「アピール広告」と言えるでしょう。メッセージとアピールではどちらがオーディエンスの心を打ち共感をもたらすでしょう。

メッセージは直接語られていない文脈をオーディエンス自らの心で読み取り、自分なりに解釈するものです。最も強烈なメッセージは「無言のメッセージ」であることはだれもが経験していることです。ここでは、メッセージ発信者の真意を読み取る努力をオーディエンスが行います。つまり、メッセージが何を意味するのかをオーディエンスが考えを巡らせて自分なりの到達点を見つけます。この到達点がメッセージ発信者の意図した内容と異なっていても問題ありません。重要なのは「広告を見て考えてもらう」と言うことなのですから。

一方のアピールは情報発信者が極論を言えば「我が社は素晴らしい会社です」と自ら自己自慢を広告というメディアを借りて行うものです。どうしても企業PR広告はこのような体裁になってしまいがちですが、こんな自己自慢をだれが信用するでしょうか? しかもこのアピールは直裁的に行われるため、オーディエンスに考える余裕を与えません。ここが大きな問題点なのです。

上述したようにブランド認知には記憶と記憶再生率が大きく影響します。まず記憶しなければリコール(記憶再生)は不可能ですが、じつは私達はリコールの数百倍、数千倍の記憶を持っています、ただ思い出せないだけなのです。

ではリコールに重要な要因は何かと言えば「自分で考えたことはリコールしやすい」と言うことです。このことから自ら考える機会を与えるメッセージ広告と直裁的なアピール広告のリコール度合いの違いは明白になってきます。

では何をメッセージ広告の主題として選定すればいいのかを説明します。とかく広告と言えばニーズ重視になりがちですが、じつはニーズは顧客サイドでも充分把握しており現在のような技術革新の早い時代には早晩解決される可能性が高く、オーディエンスに考える余裕を与えるとは言えません。

そこで重要なのが「課題提示」と「ソリューションの暗示」なのです。課題は将来引き起こされる問題と理解でき、ともすれば顧客サイドでも認識していない場合があります。現在社会課題を含めて様々な分野に多くの課題が存在しています。これをあえて提示することで、顧客から広告主の自信の現れと見なされる結果に導くことが可能です。さらにその課題に対するソリューションを暗示するメッセージがあれば最高です。

ここで言う課題については広告の主題となる大変重要なものですので、もう少し詳しく説明したいと思います。

じつはBtoB広告協会主催のBtoBコミュニケーション大学校を受講された方はすでに記憶されているかも知れませんが、2012年のASICAモデル(BtoB購買プロセスモデル)の講座の中で、課題の例として電気自動車を取り上げています。当時は電気自動車の重要なコンポーネントとしてモータや電池の高性能化が叫ばれ、その開発に様々な企業がチャレンジしていた時代です。

その講座の中で、電気自動車の将来の課題として「音源装置」を指摘していました。つまり、ほとんど無音に近い状態で走行する電気自動車は、将来その無音が安全上の問題になるだろうという予測のもとに提示したわけです。

それが2016年、ようやく自動車業界でも問題視され、あえて電気自動車に音源を備える方向で議論が始まりました。

当時はもちろん電気自動車にあえて音を出させることなど考えている企業はほとんどない状況でしたが、もしこのときある音響メーカーなどが「音のない自動車に安全はない」のようなヘッドラインで自動車の無音がいかに危険であるかをメッセージしていたら、当時の風潮に対する違和感が余計に記憶を増幅し、今になって即座にリコールに結びつき、その先見性からブランド価値は急速に高まったと考えます。

課題とはこういうものなのです。

ところでコーポレートブランディングで多くの企業が見逃しているのはじつは「建物」なのです。建築物はだれもが日頃から目にする大きなブランディング要素であるにもかかわらず、最近はどの企業も最新の建築部材の仕様に縛られて、画一的な建築デザインになっています。いくら優れた広告を展開しても、それ以上に目にする機会が多い建築物にメッセージ性がなければ、ブランド構築はちぐはぐになってしまいます。

またどこにもないユニークな本社ビルなどが出来れば、ランドマークとしての価値も高まり、最高のブランディングメディアとなるでしょう。つまり建築物そのものをメディア化すると言うことです。御社では今すぐにこんなことを言っても無理でしょうが、将来本社ビルの改築や新築の際には重要ポイントとして考えておいても無駄にはなりません。

このようにコーポレートブランディングでは、広告やWEBなどの既存メディアだけでなく、企業が保有している建築物にも目を配る必要があります。また、マスコミを対象とした広報活動の強化は、ブランド構築に大きな役割を果たすことも忘れてはなりません。単に新製品発表だけでなく、企画広報と称して企業内での様々な出来ごことや考えを丹念に広報することは、すでに述べた記憶とリコールの観点からもブランディングの第一歩とも言えます。

次に「プロダクトブランディング」について述べたいと思います。企業のブランド担当者もあまり意識していませんが、とりわけBtoB企業でもっとも露出度の高いのはじつは製品やサービスなのです。顧客リストを眺めればその数の多さに驚くはずです。

使用者がほとんど毎日接するこれらの製品やサービスをメディア化することによって、ブランディングの効率は格段に向上します。そのために重要なことは、製品やサービスの質がよいことはもちろんですが、製品デザイン、取扱説明書そして操作性を高めることであり、これらはブランド構築に継続的な効果をもたらすのです。

BtoC分野でも自分の好みのブランド商品を購入した結果、使いづらかったりすぐに故障し、サービス体制も悪ければほとんどの場合二度と購入することはないでしょう。もしこれらの不具合がSNSなどで拡散されてしまったら、マスメディアでせっかく構築したブランド価値は一気に崩壊してしまいます。

逆に購入した製品の性能やデザインが良くて、BtoB企業でも購買企業の二次製品の質に良い影響を与えた場合、当然のことながらリピート購買となります。これが前述した、「ある一定の閾値までブランド浸透率が上がると、勝手に製品は売れる」と言うことに繋がるのだと考えられます。

企業ではブランド担当者と製品開発部門は分離されている場合がほとんどですが、可能ならブランド構築のためにこれらの部門を統合させる勇気も必要になります。

すでにお話ししたようにブランディングは企業経営にとって大きな影響を与えます。そのためには組織を超えたブランド対策が必要だと言うことをくれぐれも忘れないでいただきたいと思います。

最後に最も重要な「ヒューマンブランディング」についてお話しします。

プロダクトに次いで顧客や社会との接触機会が多い社員をメディア化すると言うことです。言いかえれば社員一人ひとりが自社のブランド構築に大きな影響を与えているのです。ただ拙著「ASICAれ!」で述べているように、企業は経営者の資質によってその風土が特徴的な形態を有します。したがって、このヒューマンブランディングは経営者自らが率先して行う必要があります。

どんな製品であっても、それを販売する営業担当や故障時に対応するサービス担当の態度や言葉遣いによって知らぬ間にその企業のブランドに影響を与えることがあります。

経営者や社員の不祥事が一夜にしてブランド失墜の原因になることは極端な例ですが、通常の商談やサービス対応の際、対面だけでなくメール対応においても一担当者のふとした言動が相手企業からの信頼を損なう要因になることを忘れてはなりません。何も相手企業に媚びる必要はありませんが、営業やサービス担当者が自信を持って相手企業の立場で真摯に対応することが、ブランド構築に予想以上の効果をもたらすのです。
 
 その意味では昨今各企業が行っている階層別研修は逆効果になります。階層別研修は社員のコモディティ化を促し社員の個性を剥奪してしまいます。むしろ専門教育を徹底し、相手企業の知らない技術的内容にまで踏み込んで前向きに提案することがブランド価値を上げる要因となります。

現在あらゆるメディアや企業経営にデジタル化が進んでいますが、じつは企業に対する問い合わせの70%前後が電話によるものであることはあまり知られていません。もし電話問い合わせで、コールセンターが適切な回答をしなかったりたらい回しにしてしまったら、もう二度とその企業の製品を購入する気にならないことはだれもが経験しています。いくらデジタル化が進んでもヒューマンというアナログ的な要素をより重要視する企業風土がなければ、早晩その企業のブランド価値は低下していくのです。

以上のようにブランディングには「コーポレートブランディング」と「プロダクトブランディング」「ヒューマンブランディング」が一体となって行わなければ、ブランド効果はほとんどありませんが、残念なところブランディングの教科書には「プロダクトブランディング」と「ヒューマンブランディング」が言及されることは少なく、この点は気をつけた方がいいと思います。

あなたが言われるように数年来ブランディングに関する様々書籍が出版され、各企業ともそれに踊らされるようにブランディングに躍起になっています。しかしその結果はどうでしょう。この数年間で飛躍的にブランドイメージが向上した企業がいったいどのくらいあるでしょう? 皆無に近いと思います。それはほとんどの企業は理論や教科書に則って取り組んだとしても、コストをかけた大がかりなメディア戦略に依存しすぎプロダクトやヒューマンを軽視しているからなのです。

最後に興味深いお話しを。ブランディングにはコストがかかると考えられていますが、ヒューマン→プロダクト→コーポレートの順はコストのかからない順でありまたブランディング効果が大きい順でもあります。だから難解な書籍に惑わされることなく、どんな企業でも安価にブランディングは可能なのです。

残業規制強化の中、クリエイティブ業務をどのように効率化すればよいか

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㉟

《質問》

最近弊社では働き方改革の名の下で残業規制が強化され、とりわけ我々のようなクリエイティブ業務に携わるものにとって非常に仕事がやりづらくなってきています。広告相談室にお問い合わせするのは場違いとは知りつつも、このままではクリエイティブに専念することが大変難しくなってきているのが現状です。そこで少しでもクリエイティブ業務を効率化する方法などがあればご教示いただきたく、あえて問い合わせさせていただきました。(金属製品メーカ・コーポレートコミュニケーション部)

 

《回答》

ご相談の内容から貴方はクリエイティブ業務を担当されていると推察します。それが広告代理店などの外注と共に行うものなのか、自ら内制されるのか不明ですのでそのいずれについても対応方法を述べたいと思います。

まず貴方は「クリエイティブ業務の効率化」をめざしておられますが、その根拠となるのは残業規制、つまり業務時間の削減だと思います。そこでまず効率化しなければならないのは、クリエイティブ以外の業務です。クリエイティブ専任と言っても様々な事務的な業務が発生しますし、それに取り組む時間はけっして少なくありません。その代表例が「会議」です。御社では最近会議が増加していませんか? これは最近多くの企業に共通していることですが、やたら会議やそのための資料作成が増えてクリエイティブに費やす時間が損なわれていると言った声を耳にします。

もとより会議はある案件の検討や決定に際して、表向きは多様な意見をもとに議論を行い最適な結果を求める、ということだと思われていますが実際は単なる責任の分散にしか過ぎません。しかも問題なのは、会議を行うことによって結果は最大公約数的に可もなく不可もなくの状況に落ち着くか、次回に再検討となることが往々にしてあります。実際米国のある大学での実験では、会議を行うことによって参加メンバーのIQは徐々に低下するというデータがあります。この結果が何となく頷けるのは、会議中発言者と参加メンバーとの関係性を見ればよく分かります。参加人数が多ければ多いほど発言の機会、つまり議論の機会は少なくなり、残りの時間は他人の話を聞いているか他のことを考えているか、居眠っているかのいずれかになります。

また参加メンバーの一人当たりの人件費を算出すると、会議にどれほどのコストが費やされているのかよく理解できますが、ほとんどの場合コストに見合わない結論が出ているはずです。

会議の最小単位は一対一で行う「相談」や「連絡・報告」になりますが、これも無駄な時間と考えられます。会議をやめ、相談や連絡・報告は出来ればやめた方が効率的ですが、報告と連絡がどうしても必要なら1分以内に済ますよう努力すべきだと考えます。

会議に限らず様々な書類づくりや事務作業も同様で、これらの業務も本当に必要なものだけに限定して作業するようにした方がいいと思います。意外に「やらなくても問題なかった」という作業が多く存在しているのは事実です。

さてクリエイティブの効率化についてですが、本来クリエイティブ業務と時間との相関関係はありません。たとえばあるコンセプトを決めるのに5分で済む人がいれば1週間かかっても結論が出ないという人もいます。したがってクリエイティブ業務の効率化は不可能と言えます。

内制を行う場合、DTPなどデジタルを駆使して作業することが効率化だと思われるかも知れませんが、それはクリエイティブではなくクリエイティブを定着化させるための作業の効率化なのです。ここでもデジタル化の普及によって意外にも作業効率が低下している様子がうかがえます。パソコンでクリエイティブ作業を行う場合、一昔前と比べて大きく効率が落ちていることにあまり気づかれていません。

昔のアナログ時代はクリエイティブを決定すれば後は手作業に移行しました。この手作業はあらかじめ設計したクリエイティブにしたがって自動的に行ういわば事務的な作業と言えます。私が現役の頃はこの時間をじつは次のクリエイティブの発想に用いていました。つまり同時に二つの業務を行っていたことになります。

それが現在ではパソコンに向かってクリエイティブの定着作業を行う場合、どうしても他のことを考える余裕がなくなってきています。脳の働きがどうなのかよく分かりませんが、現実的に私自身も現在は昔に比べて効率が落ちている気がしています。そこで重要なのは定着作業は極力事務的に済ませることであり、そのためにはクリエイティブ段階で充分サムネイルやラフスケッチを手書きで準備しておくことです。

さらにクリエイティブはいわば24時間考える余裕があります。食事をしていても遊んでいても自由に考えを巡らすことが出来るのです。だからクリエイティブの効率化はあり得ないというわけです。

一方代理店などと共に作業をする場合の非効率の最大の要因はじつはコンペ方式による制作業務です。複数の代理店に対して同じようなオリエンを行う無駄。代理店から提示されたプレゼンを、けっしてプロダクションのクリエイターよりも能力が優れているとは思えない人たち(役員など)による審査。そして審査結果に基づいた無意味なやり直しなど、上げればきりがありません。

代理店に外注する場合、まずコンペはやめること。そしてオリエンは必要最小限の内容に絞って行う事。提示されたプレゼンは余程の問題がない限りは受け入れること。ここではけっして個人の好みで作品の善し悪しを決めないこと。これがクリエイティブに付随する作業を最も効率化する要因になります。

クリエイティブを外注する場合、内制では出来ないレベルの質を持つ作品を求める訳ですから、そこで何だかんだとクライアント風を吹かせて難癖をつけることは非常に非効率的と言えますし、道理にも合っていません。

このように代理店(専門家集団)と共に仕事をすれば、クリエイティブの質は上がりクリエイティブ効率も格段に良くなるはずです。さらに重要なのはコンペ方式をやめることによって同じ代理店や同じクリエイターと長く付き合うことになりますが、これがますますクリエイティブの効率化に寄与する点です。同じクリエイターと永年にわたって制作業務を行う事によって、徐々にクリエイター自身もクライアントの事情が理解でき製品や技術に関しての知識も豊富なってきます.その結果、オリエンすら必要なくなることも考えられるのです。

最近はガバナンスなどややこしい制度によってどうしてもコンペが必要となる場面があるかも知れません。しかしガバナンスが必要としている「合意形成」が、じつはクリエイティブを確実に低下させることも忘れてはなりません。

結論として、まずクリエイティブの効率化は不可能であるが、クリエイティブ作業の効率化は大きく改善できる余地があること。そして会議や相談など無駄な時間は極力削減することがひいてはクリエイティブに費やす時間の確保に繋がることをご理解いただければ、と考えます。

マーケティングとセリングの違いをご教授ください

BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㉞

《質問》

もう数年前から弊社ではマーケティング重視の掛け声の下で、マーケティング部門を新設し営業活動を行っています。しかしその一方で目立った業績の変化は見られません。私自身は三年前まで営業部に所属し、その後現在の広報宣伝部に異動しました。業績への裏付けが明確でないにもかかわらず、未だに弊社ではマーケティングのデジタル化やオートメーション化の議論に躍起になっていますが、個人的にはいささか疑問点があります。そこでお尋ねしたいのですが、マーケティングと営業との違いはどこにあるのでしょうか。私には同じように思えて仕方ありません。(電子機器メーカ・広報宣伝部)


《回答》

マーケティングと営業の違いについてのご質問ですが、いわゆるマーケティングとセリングの違いとしてお答えします。

マーケティングはドラッカーの言葉を借りれば「売れる仕組みを作る」ものであり、セリングは「売る仕組みを作る」ことと理解できます。一方でマーケティング・ミックスと言われている4P(プロダクト---製品、プライス---売価、プレイス---流通、プロモーション---販売促進)の中でプロモーション以外の項目すべてが、じつはセリングに必要な項目なのです。このことがセリングとマーケティングを混乱させている要因だと考えられます。

セリングの「売る仕組み」には製品価格や営業体制、販売チャンネルや流通戦略の昔ながらの販売政策が主となります。一方のマーケティングの「売れる仕組み」は極めて曖昧な概念であり、一昔前は宣伝広告などがマーケティングの主流と言われていました。それがニーズ重視の時代になり、もっと顧客やマーケットのニーズに合致した製品開発や顧客動向を見て販売戦略を立てる様々な仕組みづくりが考案(適切かどうかは別問題)され、これがマーケティングの主要な概念になったのです。

しかしよく考えればこれらの概念もすでに昔からセリングに包含されていたものです。当然のことながらどんな企業であっても売れない製品を作るはずはなく、ましてや売れそうもない販売戦略は立てません。その意味から言えば、私見ですがマーケティングの「売れる仕組み」は「売るためのサポート」と理解した方が分かりやすいと思っています。もとよりドラッカー先生には申し訳ありませんが、とりわけBtoB業界で「売れる仕組み」とその後の「マーケティングはセリングを不要にするものである」という極論は、まさに机上の空論としか考えられないのです。

私は常々「各企業がマーケティングに心酔した結果、セリングの衰退をもたらした」と考えています。事実現在の各企業におけるセリングの劣化ぶりには目を覆うばかりです。その兆候は2000年頃から露わになってきました。

仕事柄メディアや印刷会社、広告代理店などからの売り込みがほとんどでしたが、2000年以前は各社の営業担当それぞれに特徴があり、けっして見栄えがよいとは言えない資料を前にしても、その人柄や絶妙な口調にある種の好感を抱いたものでした。そしてついついその口車に乗せられて仕事を発注する羽目になったことも多々ありました。

それが2000年頃を境に一変したのです。どの企業の営業担当もパワーポイントで作った小綺麗な資料を前に、蕩々と説明し続けます。話の内容はほぼ資料を読んでいるだけ、というものでとりわけ意外性のある殺し文句などは見当たりません。さらに担当者の顔の表情も不思議にどの企業も似たような様相を見るにつけ、気味悪ささえ感じるようになりました。ここでは営業担当にとって最も大切なスキルである商談力や説得力はまったく影を潜め、単に商品やサービスの説明をパワーポイントの資料に沿って粛々と行っている様子です。

言ってみれば昔のネチネチした営業活動からスマートな営業スタイルに変革されたとも言えますが、営業は売ってなんぼの世界です。いくらスマートな商品説明をしたところで売れなければ営業としては失格ですし、その手法は間違いなのでしょう。

おそらくマーケティング部門で作られた難解な理屈をもとに、営業担当が説明しやすいように整理された資料だと思われますが、その資料には説得力はもちろんなく、読むのも面倒になるくらいの綺麗事の羅列なのです。

もとより営業の本質はフェイスツーフェイスで相手の顔色を伺いながら言葉を選んでこちらのペースに巻き込むことなのですが、このフェイスツーフェイスでの対話スキルが極めて劣化しだしたのもこの頃です。これにはメールの普及や画一的な社員教育など様々な要因があるでしょうが、販売の最前線がこのような状況ではいくらマーケティング云々と声を大にしてもまったく意味のないことです。

さらにこの状況が危惧されるのは、ブランディング面において非常に良くない結果を醸し出していることです。ブランディングと言えば高いコストをもとにマスメディアを使った広告活動が重視されていますが、じつは最もブランディングに大きな影響を与えるのは「人」であることを見逃されているケースが少なくありません。どんなに綺麗な広告やインパクトのある広告を継続的に行っていても、その企業に属する「人」の言動が不自然であればブランド価値は地に落ちてしまいます。

その意味から考えると前述したどの企業も特徴のない営業担当による商談の結果、各社のブランドも似たようなものになることに気づかなければなりません。

とりわけ最近ではMA(マーケティングオートメーション)が注目され、それをテーマにしたセミナーは大盛況です。ここでも各企業がいかにマーケティングに心酔し、それがオートメーション化されることでさらなる業績の拡大に寄与できるだろうから、なんとか早く導入しなければ、と言う焦りを感じます。

どんな手法であれマーケティングがオートメーション化されることなどあるはずもなく、たとえAIを駆使したとしても「売れるマーケティング」には至らないでしょう。なぜなら我が国は資本主義社会であり、言いかえれば競争社会です。もし仮に優れたMAの手法があるとすれば、競合企業がこぞって導入するはずです。その結果はどうなるでしょう? 需要が極端に拡大しない限りMA導入企業すべての業績が良くなることはあり得ないのです。その競争に勝つために最も重要な要因は、くどいようですがセリングのスキルだと言うことに気づかなければなりません。

最後にマーケティングをセリングよりも上位概念と位置づける考え方であり、フィリップ・コトラーの提唱した「STPマーケティング」がありますが、ここで言うS(セグメンテーション)、T(ターゲティング)、P(ポジショニング)それぞれも、じつは古くから営業(セリング)において最も初期的な段階で取り組んでいた営業戦略の手法であったことも再確認する必要があります。

マーケティングに心酔することなく、人の個性を生かした営業担当の再構築(セリングの再構築)がこれからの企業には最も重要な課題だと思っています。

マーケティングとセリングの違いというご質問ですが、結論としてはマーケティングの概念はセリングにすべて含まれていることをご理解いただけると思います。

★プロフィール
河内英司(かわちえいじ)
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京都教育大学教育学部特修美術科卒業。電気機器メーカーにおいて一貫して広報宣伝業務に従事。広報室長・コーポレートコミュニケーション室長を経て、2014年3月退職。  現在、カットス・クリエイティブラボ代表。(一社)日本BtoB広告協会アドバイザー。BtoBコミュニケーション大学校副学長。
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