《質問》
先日あるフォーラムに参加した際、「経験経済」という考え方を耳にし大変興味深く感じました。そういえば最近体験型の観光や体験学習など、あらゆる場面で体験や経験が重視されているように思います。一方で、この考え方を広告などにも応用出来ないか、と考えていますがどのように取り組めばよいのかまだよく分かりません。広告分野で経験経済の理論を活用するには具体的にどのような手法があるのかお教えいただければ幸いです。(電気機器メーカー・マーケティング統括部)
《回答》
素晴らしい観点に気がつかれましたね。経験経済が広告に活用できるかどうかのお話しは後述するとして、まず経験経済についておさらいをしてみましょう。
経験経済の概念は20年以上前に提唱されたものですが、おそらくその背景には技術革新による製品の均質化とネットの普及による体験機会の喪失にあると思います。
経験経済の概念では、製品の価値が均質化することによってコモディティー化をもたらし販売力が低下するが、そこに「経験や体験」と言う新たな価値を付加することによって購入者に強力に訴求し、結果的に販売力が増加し経済に有効な影響をもたらす、と言う考え方です。
じつは、よく考えてみると経験経済は何も新しい概念ではなく、デジタル化が進歩していない時代やネットが普及する以前は私たちの日常生活では、リアルな経験が製品の購買やコミュニケーションにおいて大きな役割を果たしていました。
そしてそこで生じていたのは感動や共感など極めて人間的でアナログな心理変容なのです。製品やサービスとのコンタクトポイント、さらには人とのコミュニケーションをより濃密にすることで結果的に購買意欲や人間関係の構築に結びついてきたと言えます。
ところがデジタル化によって生産性の向上と引き替えに、製品やサービスとの関係性が希薄になり、人とのコミュニケーションにいたってはネットの普及で言葉ありきの表層的な会話に終始することになってしまったわけです。
経験経済の概念は言わばこの現状のアンチテーゼとも言えると思います。
たとえばネットの普及によって今やブラウザ上で世界中を観光することが可能になり、グーグルのストリートビューではあらゆる場所の探索が可能になりました。またECの普及はリアル店舗での店員との会話(これが重要な経験になるが)をすることなくクリックひとつで商品の購入が可能になりました。
さらには毎日のニュースは新聞を読むことなく、新聞社サイトの電子版やスマホのニュースアプリで簡単に触れることができます。
しかしこれらはすべてバーチャルな世界での仕組みであり、そこにはリアルな経験や体験は皆無と言えます。
リアルな体験とバーチャルな体験との違いはまず記憶に現れます。観光サイトやストリートビューで世界旅行をしてもおそらく1年もすればほとんど記憶から抜け落ちているはずです。一方でリアルな旅行や観光は何年経っても「思い出」として記憶に残ります。じつはこの記憶が製品やサービスの購買の根拠になっています。したがって記憶の薄らいだ商品やサービスはもはや購買対象にすらならないのです。
ECでは出店者にとってもっと悲惨な現実があります。店員との感動的な会話や共感無く購買対象商品一覧から「値段の安いもの」に並べ替えて即座に購入する現在のスタイルは、購買形態のコモディティー化を産み出しており最終的に資本力のある出店者のみが生き残ることになるでしょう。
経験経済で言われている経験や体験の価値はデジタル化やネットの負の側面をリセットし、もっと感動的な商品やサービスがリアルに体験できる製品開発やマーケティングの必要性を述べているのです。
そこで貴殿が広告にも経験経済の概念が生かせないか、と課題をもたれたのは素晴らしいことです。ここでは広義の広告についてお話ししたいと思いますが、まず現在でも経験経済に最も近い広告は「展示会」です。
展示会で重要なのは集客数ではなく展示会会場での見込み客との対話なのです。これはまさしく見込み客との間で形成される体験や共感と言えますし、この対話が感動的であるほどコンバージョン(購買)に直結できるのです。ところが残念ながら現在の展示会ではひたすら集客数に目が移り、見込み客との対話がおろそかにされています。ただ展示会への取り組み姿勢を少し変えるだけで、経験経済を活用することは容易に可能となります。
展示会ついでに通常の営業活動を見てみたいと思います。広告ではありませんが、コンバージョンに最も重要な役割を果たす営業活動を無視するわけにはいきません。じつはこの営業活動の現場でも最近はデジタル化に依存しすぎて営業担当のスキルが著しく低下しつつあるきらいがあります。お決まりのパワーポイント画面をタブレットで見せて、顧客に淡々と説明するこの営業スタイルからは、顧客との間で感動的な体験は期待できず、ほとんどコンバージンの機会はないと言えます。
対面営業で最も重要なのは営業担当の人柄や話術であり、それによって顧客と一緒に感動や共感を共有できるのが最もコンバージョンに結びつきやすいのです。そのために広告分野で重要なのは「カタログ」です。営業担当にそこそこのスキルがあれば顧客に感動を与えるカタログ編集が重要になります。
一方営業担当のスキルがやや物足りない場合は、むしろ営業担当が心のこもった商談がしやすいカタログ編集にしなければなりません。詳細は別項で述べていますのでここでは割愛します。
なんと言っても顧客に感動的な経験や体験を与えるのは通常の商談活動であることをまず念頭に置いておいた方がいいでしょう。
次にマス広告を見てみましょう。経験経済で言われている「経験や体験」はまず相手に感動や共感を引き起こすこと。つまり相手の心に残る経験が重要であると述べています。それをもとに最近の新聞広告や雑誌広告、テレビCMを見てみると、そこに感動的な作品はあるでしょうか?
ほとんどの作品がクライアント(企業)の立場を軸に綺麗事を羅列した作品でありオーディエンスに感動はおろか共感など与える可能性はほとんどありません。広告で重要なのは、オーディエンスの立場に立って課題やメッセージを提供し共有することです。ここでは企業の論理は排除されます。オーディエンスに寄り添った作品が感動を与えれば、オーディエンスはさらにその内容を自ら調べようとします。
この行為が「経験」なのです。広告は単なるお知らせではなく、閲覧者が興味や感動を持つことで二次的な行為(関心を持って調べる)を起こさせることが最終的にコンバージョンに帰結し、経験経済を広告に活かすことになります。
最近メッセージ広告にQRコードを施し、スマホでQRを読み込むと広告内容のより具体的な映像を見ることができる素晴らしい広告を行った企業がありますが、これはまさに経験経済を広告に活かした代表例と言えます。