1.AIDMA理論の功績
広告宣伝業務に従事している誰もが聞き慣れたこの「AIDMAモデル」は、1920年代に米国のサミュエル・ローランド・ホールによって提唱された消費行動プロセスに関する仮説とされている。A(attention・注意)、I(interest・興味)、D(desire・欲求)、M(memory・記憶)、A(action・行動)の各段階を経て消費者は商品を購入するというこのモデルは、広告企画やマーケティングのバイブルとして、永年にわたって確固たる地位を保ってきたといえる。
2.マーケティングパラダイムの変化
しかし近年、AIDMAモデルが提唱する消費行動プロセスを疑問視する向きが見られる。いわゆる「広告が効かなくなった」という声を制作者側からも広告主側からも多く耳にするようになってきた。この理由についてはいくつか上げられるが、最も大きな要因のひとつは、まずマーケティングパラダイムの変化が考えられる。AIDMAが提唱された1920年代からおよそ1990年頃までのマーケティングパラダイムは「刺激反応型パラダイム」と言われている。ここではとにかく広告やプロモーションにおいて最も重要視されるのは、オーディエンスの興味をそそるような刺激的なキャッチコピーやビジュアルであった。つまりAIDMAで言うところの「Attention」と「Interest」をどのように展開させるのか、が広告制作での妙味でもあった。そして刺激的な広告に触発されたオーディエンスは、購買意欲に我慢できず我先に商品の購入へと走った。そんな時代だった。しかし、1990年頃からパラダイムは大きく変化する。我が国ではちょうどバブルの崩壊と時を同じくしているが、何よりも「もの」と「情報」の急速な氾濫は、我々の消費行動自体にも影響を与えることとなる。「もの」に充足し有用無用の「情報」に埋没した状況の中で、もはや消費者は奇をてらった広告やメッセージではまったく反応しなくなった。今何が必要か、自分にとって必要な価値とは、と慎重に考えるようになってきた。「価値交換型パラダイム」の誕生である。ここでは商品や情報などの「価値」が本当に自分にとって意味があるものであるか、を十分検討した上で購買意思決定を行う。にもかかわらず、現在でもAttentionやInterestに軸足をおいた広告が多く目につく。今の時代ではもっと消費者にとっての「価値」を丁寧に述べる広告でないと、ものは売れない。
3.ネットの普及による購買プロセスの変化
もう一つの大きなポイントは周知のようにインターネットの普及によるコミュニケーション形態の変貌が上げられる。単にメディア論として新聞広告などの印刷メディアよりもネット広告の方に効果が出てきたというわけでなく、あらゆるメディアを相互に確認して、そこから「必要な価値」を見いだすという行為が消費者側で行われるようになった。ここでも「Attention」や「Interest」の段階はほとんど飛び越して「調査・比較・検討」といったプロセスをほぼ同時に行っていると見られる。ネット時代の消費プロセスモデルとしては電通が提唱している「AISAS(Attention/Interest/Search/Action/Share)」がある。ここではネット特有の商品検索や情報共有を購買プロセスの一段階として捉えているが、あくまでもネットに限定したものと理解している。
4.情報流通センサスに見るコミュニケーションの変化
ところで総務省が毎年発表している「情報流通センサス(情報白書)」を眺めてみると、そのデータから興味深い予測が成り立つ。この調査は一年間に流通する情報量(選択可能情報量)や一年間に消費する情報量(消費情報量)などが時系列で表してある。図に示すようにインターネットが普及しだした1995年では、年間情報量が38京(10の16乗)ワードであり、それに対して一年間で消費した情報量は2.3京ワードである。つまり選択可能な情報から我々は1/16.5を何かのために消費したことになる。それがブロードバンドの普及によって、2005年には15.500京ワードと10年間で400倍以上の膨大な量の情報が流通し、消費したのは僅か30.6京ワードとなる。よって情報消費量は1/506となり、ほとんどの情報は残念ながら消費しきれていない状況となっている。今後ますますこの傾向は増加拡大すると予測できるが、要はすでに我々はその処理能力をはるかに超えた氾濫情報の真っ只中に立たされているということだ。この現状でいくら「Attention」や「Interest」を期待して一方的に広告を発信しても、メッセージがオーディエンスに到達する可能性は極めて少ないと言わざるをえない。このような極端な情報過多時代にあっては、もはや「Attention」や「Interest」を求めること自体にかなりの無理があると思われ、ひいてはこれが広告による引き合いや受注の確度を下げてしまっていると予測できる。
以上のことから、AIDMAモデルは1990年代以前はともかく、それ以降の広告企画においてはかなり無理のある法則と捉えることができる。
さてBtoB広告やマーケティングにおいては、従来からAIDMAのような独自の法則は存在しなかった。というよりむしろBtoB広告においても、歯切れが悪いと思いつつAIDMAモデルをそのまま流用せざるを得なかったのが実情だろう。