BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊱

《質問》

弊社はBtoB企業であるため知名度が低く、何とかもっと知名度を上げて業績に反映できないかと模索しています。すでに多くのブランディングに関する書籍を読みましたが、いずれも非常に難解でとても現実の業務に生かすことは難しいように感じています。ブランディングとはこんなに複雑で学者でしか理解できないようなものなのでしょうか。もっと分かりやすくだれにでも取り組むことが出来るブランディング手法をご教授いただければ大変助かります。(機械メーカー・総務部)

 

《回答》

ご指摘の通り最近はブランディングに関する書籍は多く出版されていますが、いずれも一般社会人が理解するには非常に難解な内容であることは確かです。それはどうしても経営学の立ち位置でブランディングを述べると、様々な論文の引用などから自ずと難しい内容にならざるを得ないからです。

そのような難しい書物を読むまでもなく、これから述べる内容を御社の出来る範囲で行っていただければ、ある程度の成果は間違いなく出てくると思いますので、安心してください。

その前に、御社が誤解されている重要な点を指摘しておきたいと思います。

まず、ブランディングと認知度は少なからず関係しますが、認知度と業績は直接的には関係ありません。認知度が高くなったからと言って売上げが増加するわけではなく、また認知度が極端に低い企業でも毎年売上げ増加を達成している企業もあります。

したがってブランディングの目的は、まずターゲットとなる見込み客層に対するブランド認知と記憶、さらには記憶再生がいかに効率的に行われるか、であり業績はその効率がもたらす結果として表れてくるものです。しかし一方で、ブランドの重要性を語る上で大変興味深い現象があります。具体的なデータは持ち合わせていませんが、ブランド浸透率がある程度まで達成できると、極端な場合販売力が弱くても商品は売れてしまう現象です。おそらく見込み客や顧客の中で、態度変容にまで影響を与えるブランドの好意的な評価と記憶再生率が影響していると考えられます。

このような観点から見れば、ブランディングは企業経営にとって非常に重要な位置づけにあると思われます。しかもブランドを醸成する要因は多くの分野にまたがっています。

ブランディングは大きく分けて、「コーポレートブランディング」「プロダクトブランディング」「ヒューマンブランディング」の三つに分けることが出来ます。

まずブランド担当者に最も馴染みのある「コーポレートブランド」について述べたいと思います。

まず代表的なブランディングはマスメディアを使用した「ブランディング広告」ですが、ここでもブランディング広告と企業PRの混同が起きています。これは非常に重要なことですのでもう少し詳しくお話しします。

簡単に言えば現在ブランディング広告とされているもののほとんどは企業PR広告と言えます。ではブランディング広告と企業PR広告の違いがどこにあるのか。ブランディング広告は「メッセージ広告」と言いかえられます。一方の企業PR広告は「アピール広告」と言えるでしょう。メッセージとアピールではどちらがオーディエンスの心を打ち共感をもたらすでしょう。

メッセージは直接語られていない文脈をオーディエンス自らの心で読み取り、自分なりに解釈するものです。最も強烈なメッセージは「無言のメッセージ」であることはだれもが経験していることです。ここでは、メッセージ発信者の真意を読み取る努力をオーディエンスが行います。つまり、メッセージが何を意味するのかをオーディエンスが考えを巡らせて自分なりの到達点を見つけます。この到達点がメッセージ発信者の意図した内容と異なっていても問題ありません。重要なのは「広告を見て考えてもらう」と言うことなのですから。

一方のアピールは情報発信者が極論を言えば「我が社は素晴らしい会社です」と自ら自己自慢を広告というメディアを借りて行うものです。どうしても企業PR広告はこのような体裁になってしまいがちですが、こんな自己自慢をだれが信用するでしょうか? しかもこのアピールは直裁的に行われるため、オーディエンスに考える余裕を与えません。ここが大きな問題点なのです。

上述したようにブランド認知には記憶と記憶再生率が大きく影響します。まず記憶しなければリコール(記憶再生)は不可能ですが、じつは私達はリコールの数百倍、数千倍の記憶を持っています、ただ思い出せないだけなのです。

ではリコールに重要な要因は何かと言えば「自分で考えたことはリコールしやすい」と言うことです。このことから自ら考える機会を与えるメッセージ広告と直裁的なアピール広告のリコール度合いの違いは明白になってきます。

では何をメッセージ広告の主題として選定すればいいのかを説明します。とかく広告と言えばニーズ重視になりがちですが、じつはニーズは顧客サイドでも充分把握しており現在のような技術革新の早い時代には早晩解決される可能性が高く、オーディエンスに考える余裕を与えるとは言えません。

そこで重要なのが「課題提示」と「ソリューションの暗示」なのです。課題は将来引き起こされる問題と理解でき、ともすれば顧客サイドでも認識していない場合があります。現在社会課題を含めて様々な分野に多くの課題が存在しています。これをあえて提示することで、顧客から広告主の自信の現れと見なされる結果に導くことが可能です。さらにその課題に対するソリューションを暗示するメッセージがあれば最高です。

ここで言う課題については広告の主題となる大変重要なものですので、もう少し詳しく説明したいと思います。

じつはBtoB広告協会主催のBtoBコミュニケーション大学校を受講された方はすでに記憶されているかも知れませんが、2012年のASICAモデル(BtoB購買プロセスモデル)の講座の中で、課題の例として電気自動車を取り上げています。当時は電気自動車の重要なコンポーネントとしてモータや電池の高性能化が叫ばれ、その開発に様々な企業がチャレンジしていた時代です。

その講座の中で、電気自動車の将来の課題として「音源装置」を指摘していました。つまり、ほとんど無音に近い状態で走行する電気自動車は、将来その無音が安全上の問題になるだろうという予測のもとに提示したわけです。

それが2016年、ようやく自動車業界でも問題視され、あえて電気自動車に音源を備える方向で議論が始まりました。

当時はもちろん電気自動車にあえて音を出させることなど考えている企業はほとんどない状況でしたが、もしこのときある音響メーカーなどが「音のない自動車に安全はない」のようなヘッドラインで自動車の無音がいかに危険であるかをメッセージしていたら、当時の風潮に対する違和感が余計に記憶を増幅し、今になって即座にリコールに結びつき、その先見性からブランド価値は急速に高まったと考えます。

課題とはこういうものなのです。

ところでコーポレートブランディングで多くの企業が見逃しているのはじつは「建物」なのです。建築物はだれもが日頃から目にする大きなブランディング要素であるにもかかわらず、最近はどの企業も最新の建築部材の仕様に縛られて、画一的な建築デザインになっています。いくら優れた広告を展開しても、それ以上に目にする機会が多い建築物にメッセージ性がなければ、ブランド構築はちぐはぐになってしまいます。

またどこにもないユニークな本社ビルなどが出来れば、ランドマークとしての価値も高まり、最高のブランディングメディアとなるでしょう。つまり建築物そのものをメディア化すると言うことです。御社では今すぐにこんなことを言っても無理でしょうが、将来本社ビルの改築や新築の際には重要ポイントとして考えておいても無駄にはなりません。

このようにコーポレートブランディングでは、広告やWEBなどの既存メディアだけでなく、企業が保有している建築物にも目を配る必要があります。また、マスコミを対象とした広報活動の強化は、ブランド構築に大きな役割を果たすことも忘れてはなりません。単に新製品発表だけでなく、企画広報と称して企業内での様々な出来ごことや考えを丹念に広報することは、すでに述べた記憶とリコールの観点からもブランディングの第一歩とも言えます。

次に「プロダクトブランディング」について述べたいと思います。企業のブランド担当者もあまり意識していませんが、とりわけBtoB企業でもっとも露出度の高いのはじつは製品やサービスなのです。顧客リストを眺めればその数の多さに驚くはずです。

使用者がほとんど毎日接するこれらの製品やサービスをメディア化することによって、ブランディングの効率は格段に向上します。そのために重要なことは、製品やサービスの質がよいことはもちろんですが、製品デザイン、取扱説明書そして操作性を高めることであり、これらはブランド構築に継続的な効果をもたらすのです。

BtoC分野でも自分の好みのブランド商品を購入した結果、使いづらかったりすぐに故障し、サービス体制も悪ければほとんどの場合二度と購入することはないでしょう。もしこれらの不具合がSNSなどで拡散されてしまったら、マスメディアでせっかく構築したブランド価値は一気に崩壊してしまいます。

逆に購入した製品の性能やデザインが良くて、BtoB企業でも購買企業の二次製品の質に良い影響を与えた場合、当然のことながらリピート購買となります。これが前述した、「ある一定の閾値までブランド浸透率が上がると、勝手に製品は売れる」と言うことに繋がるのだと考えられます。

企業ではブランド担当者と製品開発部門は分離されている場合がほとんどですが、可能ならブランド構築のためにこれらの部門を統合させる勇気も必要になります。

すでにお話ししたようにブランディングは企業経営にとって大きな影響を与えます。そのためには組織を超えたブランド対策が必要だと言うことをくれぐれも忘れないでいただきたいと思います。

最後に最も重要な「ヒューマンブランディング」についてお話しします。

プロダクトに次いで顧客や社会との接触機会が多い社員をメディア化すると言うことです。言いかえれば社員一人ひとりが自社のブランド構築に大きな影響を与えているのです。ただ拙著「ASICAれ!」で述べているように、企業は経営者の資質によってその風土が特徴的な形態を有します。したがって、このヒューマンブランディングは経営者自らが率先して行う必要があります。

どんな製品であっても、それを販売する営業担当や故障時に対応するサービス担当の態度や言葉遣いによって知らぬ間にその企業のブランドに影響を与えることがあります。

経営者や社員の不祥事が一夜にしてブランド失墜の原因になることは極端な例ですが、通常の商談やサービス対応の際、対面だけでなくメール対応においても一担当者のふとした言動が相手企業からの信頼を損なう要因になることを忘れてはなりません。何も相手企業に媚びる必要はありませんが、営業やサービス担当者が自信を持って相手企業の立場で真摯に対応することが、ブランド構築に予想以上の効果をもたらすのです。
 
 その意味では昨今各企業が行っている階層別研修は逆効果になります。階層別研修は社員のコモディティ化を促し社員の個性を剥奪してしまいます。むしろ専門教育を徹底し、相手企業の知らない技術的内容にまで踏み込んで前向きに提案することがブランド価値を上げる要因となります。

現在あらゆるメディアや企業経営にデジタル化が進んでいますが、じつは企業に対する問い合わせの70%前後が電話によるものであることはあまり知られていません。もし電話問い合わせで、コールセンターが適切な回答をしなかったりたらい回しにしてしまったら、もう二度とその企業の製品を購入する気にならないことはだれもが経験しています。いくらデジタル化が進んでもヒューマンというアナログ的な要素をより重要視する企業風土がなければ、早晩その企業のブランド価値は低下していくのです。

以上のようにブランディングには「コーポレートブランディング」と「プロダクトブランディング」「ヒューマンブランディング」が一体となって行わなければ、ブランド効果はほとんどありませんが、残念なところブランディングの教科書には「プロダクトブランディング」と「ヒューマンブランディング」が言及されることは少なく、この点は気をつけた方がいいと思います。

あなたが言われるように数年来ブランディングに関する様々書籍が出版され、各企業ともそれに踊らされるようにブランディングに躍起になっています。しかしその結果はどうでしょう。この数年間で飛躍的にブランドイメージが向上した企業がいったいどのくらいあるでしょう? 皆無に近いと思います。それはほとんどの企業は理論や教科書に則って取り組んだとしても、コストをかけた大がかりなメディア戦略に依存しすぎプロダクトやヒューマンを軽視しているからなのです。

最後に興味深いお話しを。ブランディングにはコストがかかると考えられていますが、ヒューマン→プロダクト→コーポレートの順はコストのかからない順でありまたブランディング効果が大きい順でもあります。だから難解な書籍に惑わされることなく、どんな企業でも安価にブランディングは可能なのです。