3.マーケティングパラダイムの革新が展示会を変えた
 
消費行動プロセス「AIDMA」がローランド・ホールによって提唱されたのが1920年代であり、この一世紀近くにわたっては広告界やマーケティング界には新しい理論が満ちあふれ、それぞれが確固たる地位を築いた。そしてその根底にあった概念が、AIDMAモデルからもわかるように「刺激によるAttention」であった。これを後押ししたのが、物や便利さへの憧れであり、物に関する情報への切実な欲望であった。これらに対する刺激的なビジュアルやコピーが広告をいきいきとさせ、展示会でもことさら他社よりも目立つことが要求された。
刺激反応型パラダイムと称されたこのマーケティングの枠組みは、先進諸国では大量消費絶調の1990年代に最高潮に達した。我が国では○○博覧会と銘打ったイベントがあちこちで開催され、通常の展示会でも、主役であるはずの製品(物)はさておき、コンパニオンや映像を多用した派手な演出が目立っていた。やがて物が充足し、情報に飽き足りた社会は、もはや小手先の刺激には反応しなくなった。代わって物の価値表示(価格)と本来の価値との妥当性が問われ、その選別が慎重に行われるようになった。価値交換パラダイムへの変貌である。あわせて、物に充足した我々は物の活用や効用に対して新たな課題を持つようになる。飽食の時代を経て、食べることよりもダイエットや健康食品に課題の矛先が代わった現代のように。
しかし課題そのものと解決策の提示がマーケティングの新たな枠組みとして成り立ちつつある今でも、依然として広告や展示会で、従来のような刺激反応型のパラダイムに準拠した手法をとることが現在でも多く見られる。展示会は博覧会に代表される刺激反応型パラダイムから、課題解決のための価値交換型パラダイムへと変貌したことを念頭に置くべきである。
 
4.インターネットの普及が展示会の役割を変えた
 
マーケティングパラダイムの変化に呼応するかのように現れたインターネットによって、展示会の役割は大きく変わった。従来、展示会は情報収集の場として重要な役割を担っていた。新製品や新技術の調査と言う目的が展示会にはあったが、それ以上に我々が血眼になったのは、自社に関連する製品や技術のカタログ集めだった。各ブースで集めたカタログを、両手一杯にぶら下げて会場を後にする光景は当たり前で、展示会場では、持ちきれないカタログを発送する宅配便の受付があった。展示会は情報収集の名を借りたカタログ集めの場であったのだ。
それがインターネットによって一変する。1995年から翌年にかけて普及しだしたインターネットは、企業の情報発信機能を根底から変えた。さらに情報の受け手側であるオーディエンスもWEBサイトを訪問することによって主体的に情報収集することが可能になった。こうなれば情報収集の場としての展示会の機能はもはや意味をなさなくなってくる。高額なコストをかけてブースディスプレイを行った結果、得られた1件当たりのリード(引き合い)コストは、他の広告メディアの到達コストと比較すると圧倒的に不利なのは誰の目からも明らかであった。「これからはWEBが展示会の代わりになる」とか「これからはオンライン展示会だ」といった声が聞かれ、さらにはインターネット時代に展示会は不要とまで言われるようになってきた。
確かに広報機能としての展示会の役割はWEBサイトに代替されるが、そもそも展示会の機能がそれだけだったのだろうか。逆に考えれば、我々は刺激反応型パラダイムの中で、展示会の本来機能を忘れ、とにかく目立つことや誰でもいいから人を集め、ブースが賑わっていることが展示会の価値であるという勘違いをしていたのかもしれない。