1.我が国はもともとBtoB社会であった。

米国を除くほとんどの国が、実はBtoB社会の基盤の上で発展してきたと言える。BtoBは「組織対組織」であるが、たとえば我が国の場合、ごく近年まで社会の最小単位は「家庭・家族」と言う組織であった。組織のアイデンティティとしてどの家庭でも家風や家訓があった。そしてこの集合体は、「町内」「地域」「街」へと拡がり、最終的に国家と言う大組織を形成することになる。今で言うところのコミュニティーの概念は、すでに家庭の中にあったのである。家族の大きな行事である「婚姻」に際しても、当時は家族対家族の行事であり、何よりも組織の維持と発展のために欠かせないイベントだった。ここでは「個」の価値観は二の次とされ、現在の企業組織と酷似している。

では、この社会ではどのようなコミュニケーション形態が成り立っていたのであろうか。これを紐解いていくと、実は我々が忘れかけているBtoBコミュニケーションの原点が見えてくる。

2.「八百屋の御用聞き」に見るBtoBビジネスの原点。

昭和30年代、高度経済成長期の真っ只中、いいかえればBtoBビジネスの最盛期だったと言えるが、家庭は「個」の価値観よりも「組織としての家族」の価値観が重視されていた。それは当主を軸にした一つの小さなコミュニティだった。当時はスーパーやコンビニはもちろん無く、専ら個人商店がその役を担っていた。個人商店もまた家庭でありビジネスを行う組織でもあった。八百屋や魚屋などの個人商店は、近所の家庭と深く関わりを持ち、それがまた地域のコミュニティを形成していたと考えられる。八百屋はある家庭の嗜好を、たとえばご主人は何が好きだとか、子供は何が好みだとか細部にいたって把握していた。もっと言えば各家庭の献立まで、どういう訳か知っていた。さらには、「もう子供がそろそろ小学校に入学する」とか、「子供の友達には誰々さんがいる」といった付加的な情報も掴んでいた。そして、ビジネス。今、この家庭には何が必要なのか、何を売れば喜ばれるのか、昨日の献立はこれだから今日はこっちの野菜が良いだろうなど、今で言うところの提案営業を自然な形でやっていた。そして驚くべきは、「奥さん、今日はいい大根入ったよ。これどう?」と持って行けば、「今日はいいのよ。間に合ってるから。それより、このクリーニング、出してきてくれない?」と、本業以外の仕事まで引き受けてしまうこともたびたびあった。

このビジネスのスタイルが、実はBtoBマーケティングの原点なのだ。

つまり、八百屋にしても魚屋にしても、地域の家庭の状況や課題などを十分に把握し、それに応じた提案を行う。しかも状況や課題把握は現時点の「点」でなく、将来も見越した「線」として捉えているのである。だからこそ、「来月は○○さんちの娘さんが入学だから、そろそろ鯛を用意するか…」といった配慮が可能になるし、喜んでもらえるなら本業以外でもお手伝いする心遣いが、このビジネススタイルの源であったと言えるだろう。

そして最も重要なポイントは、決して金儲けではなく、いかにお客様に喜んでいただけるか、がその原点にあることである。

我が国は古くから、ホスピタリティに長けた民族であった。ホスピタリティの概念は上位階級だけでなく、広く末端の大衆にまで当たり前のように根付いていた。ホスピタリティの語源がラテン語の「客人の保護」にあるように、単なるもてなしではなく、相手を護りその結果いかに喜んでいただけるかがこの真意である。我が国のような島国では、コミュニティを維持していくために必然的に進化してきた概念とも言える。

相手に喜んでいただくことが自分の喜びであり、なおかつコミュニティ(組織同士の関係)を心地よく保っていくための、ノウハウでもあった。

ちなみに、この素晴らしいBtoB社会は、米国からもたらされた「個の自由」の風潮により、徐々に組織としての家族の崩壊と価値観の変革、さらには米国式ビジネスの象徴である大型店舗の進出による個人商店の衰退を招き、ほとんど消滅し、新たにBtoC社会が隆盛を極めることとなる。(続)