BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㉚

《質問》
 

最近弊社では営業部門を主体として、デジタルマーケティングの導入を検討しています。弊社は金属加工の中堅メーカーで、年間売上高は500億円程度です。顧客は自動車業界をはじめ多岐にわたります。我が社のようなBtoB企業にとって、デジタルマーケティングがどの程度効果が有るのか、またそもそもデジタルマーケティングを導入するとすれば、何から初めて良いのか迷っているところです。BtoB企業におけるデジタルマーケティングの効果や可能性などについてご教授いただけたら幸いです。(金属加工業・企画室) 

《回答》
 

デジタルマーケティングは最近になって急速に注目され、導入を急ぐ企業も増え始めています。一方で、デジタルマーケティングの意味やその効果についてはまだまだ十分に理解されていないところもあります。
 

デジタルマーケティングは当然のことながらインターネットとWEBサイトの普及、さらに最近注目されているビッグデータの取り回しが可能になったことで、一挙に耳目を集めるようになってきました。
 

ビッグデータのマーケティング分野での有効性については、本稿ですでに述べておりますのでご参考いただければ、と思います。
 

さて、ご質問のデジタルマーケティングがどれほどマーケティングやセリングに効果が有るのかと言うことですが、結論を申し上げると、とりわけBtoB企業ではほとんど効果は期待できないと考えます。
 

その理由は、ひと言で言えばすべてデジタルで情報処理を行う事に要因があります。そもそもデジタルマーケティングは、商材の販売や新製品開発に有効なデータをもたらすことを前提に捉えられています。
 

データのすべての要素は、当然のことながら「人」の行動変容や心理変容が係わってきます。しかし人の心理や行動は、すべてデジタルで表現できるものではありません。むしろ、デジタルでは表せないアナログ的な変容の方がマーケティングにとっては重要な要素になります。
 

それがBtoB企業となればなおさら難しい問題を孕んできます。得られたデータが個人の変容なのか企業の変容なのか明確に判断することは困難です。というよりも、企業の変容というのは考えられず、それは企業という組織に属する組織人(市井人とは異なる性格を持つ個人)の変容と考えられるでしょう。
 

これらの不可解なデータを元にしてマーケティングに生かそうというのがデジタルマーケティングなのです。
 

そこで少し寄り道をしてマーケティングについて述べたいと思います。
 

我が国に本格的にマーケティングの概念が導入されたのは、およそ50年前くらいです。それまではマーケティング理論などは眼中になく、ただひたすら各企業は顧客と親密な関係性を構築し、その結果として業績に寄与させてきました。ここではマーケティングではなく、セリングが顧客との接点として最も重要な概念だったのです。
 

そして今から50年前にマーケティング理論が紹介されるやいなや、大手企業を中心にこぞってマーケティングに注目するようになりました。その結果はどうでしょう。為替の問題などグローバルな要因があったにせよ、50年前と比べて各大手企業の業績や活力は大きく変化したでしょうか? 私はほとんど変化なく、むしろマーケティングの導入によってセリング(売る力)が弱くなってきているようにも感じます。
 

つまり、「マーケティングがセリングを弱体化させた」と考えています。
 

それが今度はすべてデジタルでマーケティングを行うという、非常に乱暴な手法に各社とも血眼になっています。その根底にあるのは、間違ったマーケティングの考え方と、企業における経営効率の追究です。そこで経営効率の追究について見てみましょう。御社でも当然インターネットや社内ネットワークは十分に整備されていると思います。その結果経営効率はどの程度向上しているでしょう? 確かに在庫管理や工程管理などは格段にデジタル化の恩恵を受けているでしょう。しかしこの効率化された業務はすべて「状態管理」の部分なのです。

 デジタル化によって状態管理は従来の手作業から代替した結果、飛躍的に効率化がなされました。しかしその一方で大変重要な要素を置き去りにしていることも確かです。その最も大きいのが「個人のコミュニケーションスキルの低下」です。とりわけメールコミュニケーションやスマホに慣れた若年層にその傾向が強く見られます。そして皮肉なことに、我が国を世界一の経済国に押し上げた企業のセリング(売る力)は、この顧客とのコミュニケーション力によって大きく左右されます。
 

さらに大きな問題は、最近どの企業からも驚くような新製品が生まれてこないことに代表されるように、商品開発力も落ち込んできているのです。前述のコミュニケーション力と商品開発力は、企業の状態管理による効率化よりも遥かに重要な資産とも言えます。これらが弱体化した要因は、すべてデジタル化された企業経営にあると言っても過言ではないでしょう。
 

先に、我が国にマーケティング理論が導入されてから企業の弱体化が始まったと述べましたが、それはよく考えれば当たり前のことです。つまり有効なマーケティング理論があったとして、各社がそれを導入すればどうなるでしょう。どの企業も同じような商品を開発し同じような売り方をする。それでは売れないどころか価格競争に陥るのは目に見えています。だから最近は驚くような新製品を目にすることが少なくなったのです。企業も社員もコモディティ化された結果であり、それを促したのが経営の側面にまでデジタル化を進めたことなのです。
 

ご質問のデジタルマーケティングはまさにこの悪弊をさらに強化することになります。どんな有能な社員もいずれはコモディティ化され、自らの大切な独自性を発揮できなくなるでしょう。そして企業にしても皆同じような製品を世に出し、同じような売り方をし、最終的には価格競争に巻き込まれるでしょう。
 

もしどうしてもデジタルマーケティングを導入するならば、そこから得られたデータを読み解く能力を合わせて育成しなければなりません。つまり同じデータを元にしても他社とは違った結論を導く能力です。ここでは個人が持つ「勘」がものを言い、データ解析をデジタルで行うなどもってのほかです。
 

デジタルマーケティングを本格的に導入しようとするとシステム構築だけでも膨大なコスト負担が強いられますが、それを回収するためには、データベースに現れないいわゆる行間を読む力や未来を予測する能力(勘)が不可欠となってきます。皮肉なことにこの二つはいずれもデジタルとは相容れないところに存在するものなのです。

デジタルマーケティングの根幹は、様々なデータによる現状解析によって未来(将来売れる製品開発)を探索することだと思われがちですが、上述した「人」の心理変容や行動変容は、決して過去と現在の延長線上に未来があるとは言えないことを充分理解しておく必要があると思います。