BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㉗

《質問》
 

私は現在印刷業界で日々クライアントと接し、広告やカタログの企画制作のお手伝いをしています。最近複数のクライアントから「ASICAモデルって知ってる?」と言う質問が多く、調べてみると日本BtoB広告協会から提唱されている理論だと知りました。クライアントの話では最近はASICAモデルに則った広告制作やカタログ制作が有効だと言うことが徐々に知れ渡っているようで、「貴方ももっと勉強しなさい」と言われてしまいました。大変恐縮ですがこの欄をお借りしてASICAモデルについてご教授いただければ大変有り難いと思っています。(印刷会社・クリエイティブ営業部)
 

《回答》
 

ASICAモデルはBtoB購買のプロセスモデルとして理論化したもので、既に2008年に当協会の機関誌で発表しています。詳しくはその頃の機関誌をご覧いただくか、拙著「ASICAれ!」(2012年刊、日刊工業新聞)をお読みいただければほとんど理解できると思います。しかし200ページもの書物を読むのも面倒でしょうから、ここではASICAモデルの主要部分について、かいつまんでお話しさせていただきます。
 

確かにASICAモデルはおかげさまで最近各企業に認知され、広告制作などに生かされつつありますし、とりわけBtoB業界では非常に有効なプロモーションプロセスだと思っています。またここに来てBtoC業界でもその有効性が認められようとしています。
 

ASICAモデルの最大のポイントは、「ホスピタリティ・マーケティング」を基盤にしたプロセスモデルであることです。ここで言うホスピタリティとは、最近流行っている「おもてなし」と言う意味ではなく、顧客や社会が抱えている課題を解決し、最終的に喜んでいただく、と言う意味です。したがって顧客に媚びたり顧客の言いなりになって商品販売やプロモーションを行う事ではない、と言うことをまず念頭に置いておく必要があります。
 

ASICAモデルは、A(アサインメント=課題)、S(ソリューション=課題解決)、I(インスペクション=検証)、C(コンセント=承認)、A(アクション=購買)の各プロセスを経てビジネスが完結することを意味しています。したがってビジネスのトリガーになるのはアサインメント(課題)なのです。

従来から広告分野では誰もが知っているAIDMA理論がありますが、この理論ではトリガーはA(アテンション=注目)になっています。なぜ注目を無視して課題がトリガーになるのかというと、現在のように驚異的に氾濫している情報の中ではもう既に「注目」という機会は期待できません。情報氾濫期ではすべての情報はノイズと衣を替え、オーディエンスにとって有益な情報はごく僅かしかないと言えます。それに替わって社会や生活がますます複雑化するに伴い、あらゆる場面で「課題」が生じてきています。
 

ここでニーズと課題の違いをお話ししたいと思います。従来からとりわけ広告分野や商品開発において、ニーズの先取りとかニーズにあった広告企画が求められてきました。ところが最近のように技術開発のスピードが速くなるにつれ、今のニーズは早晩解決されてしまいます。広告企画ではおよそ26カ月の期間を要し、商品開発ともなれば半年〜2年の期間が必要ですが、ニーズを追いかけると広告が完成した頃、商品が完成した頃には既にめざしていたニースは満たされてしまっているという現象が多々見られます。マーケティングリサーチによる広告や商品企画はこのニーズを分析して行いますが、その結果せっかく作った商品が売れないとか、広告が効かないと言う結果に陥っているのです。
 

一方で課題は場合によると顧客や社会ですら認識していない隠れた問題とも言えます。このやがて芽を出す地下に潜っている課題を掘り出して顧客や社会に提示することが広告企画の場面でも重要なのです。ニーズを満たされても今の時代ではほとんどの人はそんなに喜びません。時代の趨勢から当たり前だからなのです。ところが自分が知らなかった課題を提示され、その解決策を露わにすることで顧客や社会に強烈に印象づけることが可能になります。とりわけ相手が企業では「よくそこまで考えてくれた」と感謝され、それが信頼へと繋がっていくのです。
 

このようにASICAモデルのトリガーはまず課題探索から始まりますし、そのためには顧客企業はもちろんあらゆる分野の現状理解とそこから将来表面化すると思われる課題を把握することが非常に重要と言えます。つまり広告分野でも商品開発分野でも、現状のニーズの調査ではなく将来の課題探索が重要だと言えます。

課題さえ明確にできればどのようなメッセージでそれを理解させるか、と言うプロセスに移りますが、それ以降はメディアの選択とASICAモデルの各プロセスに合致したコンテンツを準備すればそんなに難しい事ではありません。
 

課題の次のソリューションは、自社の技術や製品でどのような課題解決が可能なのかを述べることになりますが、このメッセージは課題の提示と一体化した方が分かりやすいでしょう。ここでは新聞広告やWEBサイトが威力を発揮します。
 

インスペクション段階ではまさにWEBサイトが重要なメディアになります。提示されたソリューションが自社に合致するかどうかを競合企業などと比較検討するわけですから、WEBサイトが最も手っ取り早いと言えます。その意味ではWEBサイトにはあらゆる情報を搭載しておくことが不可欠です。とかくWEBサイトのコンテンツ企画の際、軸足を自社に起きがちですが、重要なのは自社を社外から客観的に眺めて競合企業に勝てるコンテンツづくりを行う事です。
 

コンセント段階はじつは課題に次いで重要なプロセスとなります。何しろここで承認されなければいくら優れたソリューションを提示して顧客に納得させても、最終的には他決の恐れがあるからです。承認決裁者向けのメディアは特に存在しませんが、ここではブランディング広告などで決裁者の潜在意識に植え付ける手法が有効です。また我が国ではあまり見かけませんが、社長向けのカタログなども効果的です。さらに現在どの企業も経理部門が力を持っています。企業成長を考えるとあまりよい傾向ではないのですが、時代の趨勢と見れば致し方ないことでもあります。それならば経理部門向けのカタログを企画しても面白いと思います。カタログは本来商品の特異性や優位性などを述べますが、経理部門にとってそんなことはどうでもいいのです。当該商品を導入することで顧客企業にどれだけの利益がもたらされるのか、を数式などを駆使して丁寧に述べることができれば最高です。
 

こうしてコンセントが上手く達成できれば晴れて購買(アクション)に繋がってくるのですが、ここで重要なメディアを忘れてはなりません。展示会です。本来展示会はPRの場ではなく受注の場なのですが、なぜか展示会に決裁者や検証者の来場を促す企業が皆無なのが不思議です。展示会はASICAモデルのすべてのプロセスに対応できますし、とりわけ実機を前にして検証作業や決裁の動機付けには他のメディアにはない力を持っています。展示会の有効性をASICAモデルからも再認識すべきでは、と考えています。