5.集団精神と個の消滅

そしてこの仮説は、20世紀初頭に活躍したフランスの社会心理学者であるギュスターヴ・ル・ボンの古典的な著書「群衆心理(櫻井成夫訳)」に多くのヒントを見出せる。 ル・ボンはこの著書の中で次のように述べている。 「心理的群衆の示すもっとも際だった事実は、次のようなことである。すなわち、それを構成する個人の如何を問わず、その生活様式、職業、性格あるいは知力の類似や相違を問わず、単にその個人が群衆になり変わったという事実だけで、その個人に一種の集団精神が与えられるようになる」 このことから、ネットワークで繋がった組織は、それを構成する個人の如何を問わずそれぞれに集団的精神が生まれてくる、と考えられる。 そして、「群衆中の個人が単独の個人とどんなに相違するかは、容易に認められる。……集団的精神の中に入り込めば、人々の知能、したがって彼らの個性は消え失せる。無意識的性質が支配的になるのである。……我々の意識的行為は、無意識の基盤から起こるのである」とも言っている。 つまり、ある集団に属することによって、無意識のうちに本来の個人ではなくまったく別の人としての意識的行為をなす、と言うのである。これは言い替えれば組織自体が特有の意識を持ったとも考えられる。 企業人が彼らの個性は消え失せて、○○会社タイプと言った特定の企業ごとに何となく似たような人の集まりであることを実感する場面は少なくないが、ル・ボンのこの主張を見ればなるほど頷けるし、所謂お役所的と揶揄される人々もこの類だろう。 またグローバルな事業展開を行う場合も、ル・ボンはあるヒントを与えてくれている。「ある種族に属するすべての個人が互いに似通っているのは、とりわけこの種族の精神を構成する無意識的要素による」と言う記述は、グローバルマーケティングでの種族研究の必要性を示唆していると思える。しかしここで厄介なのは、我が国と同じようにメディアの多様化が各国で促進された場合、一義的には種族や国という組織に属しながら、複数の別の組織にも属するということになり、グローバルマーケティングでも種族以外にさらに複雑な組織の存在を念頭に置く必要がある。

6.メディアの進化が仮想集団を形作る


携帯電話など線としてのネットワークを介した繋がりは、組織形成の側面から見ればある意味非常に解りやすいが、線ネットワーク以外の組織形成要因も見逃せない。ル・ボンの論述は、現在のようなネットワークが存在しない時代のフランス革命で起こった群衆の行動を基盤にしているが、これとは逆のケースも考えられる。たとえばまったく見ず知らずの人であったとしても、同じ嗜好や同じ境遇にいる人たち、同じ価値観を持っている人たちが「無意識」に集団を形作っているとも考えられる。線で繋がれたものではなく点として存在し、心理的もしくは無意識的に繋がれたネットワークである。そしてそれに拍車を掛けているのがWEBサイトを筆頭とした多様なメディアの存在である。 こうしてみると現代社会ではいたるところで自然発生的に複雑な組織が形成され、しかも個人は無意識に複数の組織に属している可能性がある。そしてここでは「個」の特性は失われ、組織独特の新たなパラダイムが支配的になっていると思われる。もしこの仮説が正しいとしたら、もはや「個」をターゲットとしたBtoCコミュニケーションはほとんど機能しないと言っても過言ではないだろう。