毎年この季節になると、日本気象協会が桜の開花予想をだしますが、いつだったかこの予想を間違えたとかなんとか言ってましたけれど、ま、これはコンピュータへの単純な入力ミスと言うことらしいです。でも、その年の桜はたしかにちょっと開花予想が難しかったらしい。私たちは毎年春になるとになると、そろそろ暖かくなって桜のつぼみも目を覚まして、一気に咲き出すと思いがちですが、じつはその準備はずうっと前、前年の7月頃から始まっているのです。この頃に花芽というつぼみの元ができあがり、そのまま一旦休眠に入ってしまいます。翌春の大イベントのために、まずは準備万端整えて、体力温存のためにしばし一服と言うことでしょうか。と言うか、みんなで、せいの!と言って花開くために、だれも遅れないようにきちっと半年以上も前から準備して、後はゆっくり眠りにつく。朝起きて、あ、今日の会議はなんだったっけ?、と書類を慌てて鞄に突っ込んでいる私も見習わなくっちゃ、とは思うのですが。 ところで、よく秋の終わり頃にぽつぽつと勘違いしたように咲き出す桜があります。あれは、桜の葉っぱと大いに関係があって、7月頃に花芽ができた後おきまりの休眠にはいるのですが、台風やら異常乾燥などで葉っぱがなくなってしまうと、秋の寒い日に目を覚まされて、日中の暖かい日を春と間違えて咲くのだそうです。 桜の葉っぱには開花抑制物質というのがあって、これがたとえ秋に暖かな日があっても、まだ春じゃないよ、まだ咲くなよ、という信号を送っているのですね。だから、葉っぱがないと、もう咲きたい!って言う歯止めがきかなくなって、春でもないのにちらほらと花開いてしまうのです。 このように花芽だけでなく、葉っぱも翌春の開花に関係しているのです。花芽の準備ができて、さらには夏場には葉っぱもちゃんとついていて、秋の終わり頃になって徐々に葉っぱが落ちて、と言うこのプロセスがきちんと守られていないと、あの見事な咲きっぷりは期待できないのです。 で、一旦休眠に入った花芽がどのようにして目覚めるか、なのですが、ここには綿密な計算が桜によって行われているのです。これは「休眠打破」というのですが、休眠している花芽が、秋から冬にかけてある寒さに一定期間さらされると、この休眠から解き放たれる、と言うもの。ま、普通は休眠から目覚めるのは暖かくなったから、と言うのでしょうが、桜の場合はある低温の期間がどれだけ経過したか、が大きな問題なのです。え〜と、この計算はですね、まず一日の平均気温が15度の時を標準温度としてこれを一日の成長量とします。ですから、たとえば平均気温が5度のときは1/3日、つまり約0.3日の成長量。25度の時は約3.3日となるわけです。そしてこの成長量の日数を足して合計で20日になったらいよいよ開花、となります。普通東京なんかでは、冬場の平均気温は5度から6度くらいですから、この計算で行くと、20÷0.3で67日と言うことになります。ではいったいいつから勘定して67日か、なのですが、この計算式の起算日は過去のデータから決められていて各地の観測点によってそれぞれ違ってきます。ま、この辺が曖昧になっていると、どうも私たちはイライラするものですが、桜にとってはそんなものどうでもいいのであって、要するにちゃんと休眠から目覚めるような環境が大切なのです。 そこで、上の計算で行くと、とにかく気温が高ければ高いほど成長も早く休眠打破も早くなって、桜にとってもお花見を楽しみにしている私たちにとっても、とっても有り難いことだと思ってしまうのですが、そうは問屋は卸さない。 さきに書いたようにここで冬場の低温がカンフル剤のように休眠打破に効果をもたらすのです。つまり、単純に成長量の日数計算だけじゃなくて、もう一つ、チルユニットという温度指標が関係してくるのであります。チルユニットでは、5度前後の気温が休眠打破に一番効果があると言われています。つまり、冬の平均気温が5度前後の日が10日から15日くらい続くことが休眠打破には必要なんだ、と。平均気温が5度と言えば、最低気温が0度で最高気温が10度ですから結構寒い。この寒い日が2週間くらい続かないとうまく休眠から目覚めないと言うことらしい。と言うことは桜にとっていちばん格好良く咲けるのは、11月とか12月にぐぐっと寒くなって、それが2週間ほど続いて、1月や2月になればぽかぽか陽気。ま、こうなれば3月はじめには開花宣言と相成るわけです。 私たちは、近頃のように暖冬になれば桜の開花も早まって、合格発表の「サクラサク」というのも時代遅れになったり、入学式の頃は桜も散ってしまってなんか寂しい締まりのない記念写真になりそうですが、けっしてそうではないんですね。 豪華絢爛なお花見を演出するには、カリフォルニアのような暖かさだけじゃなくて、身が引き締まるような寒さが必要なんでございます。 でも、もし仮にとんでもない暖冬になってしまったら、休眠打破はどうなってしまうのか。桜にしてみたら来るべき低温の日がないわけですから、いつ目覚めからさめていいのか分からないわけでして、ただただ周りが暖かくなってきて、あれ、もしかして寒い日あったっけ?。いやなかったはずだけど・・・。でももう春みたいだし・・・。と言うような会話が、桜どうしでなされるのかどうかは別にして、要するに休眠打破が中途半端になってしまうらしいのです。ですから、おいおい、もう春だぜ。そろそろ咲こうか。いやちょっと待った方がいいんじゃない。確か去年はもう少し先だったような。でも、隣の木はつぼみもかなりふくらんでるし。そんなこと言っても、私の計算狂っちゃったからよくわかんないし。という感じで、どうも足並みが揃わないのであります。事実私の自宅周辺ではいつもは一斉に咲き始めるのに、記録的な暖冬だった2008年は、ちょっと勇み足で決まり悪そうに咲き出しているのやら、頑としてふくらんだつぼみのままいっこうに咲こうとしないのやら、どうも締まりのない春だったような気がします。 それにしても、何度の日が何日あって、その合計は、などという複雑な計算を桜の中でどのようにしてやっているのか分かりませんが、ちゃんと桜らしい誇らしげな咲き方をするために、私たちには理解できない能力が、桜にあることは確かなようです。しかも、ただ暖かいだけでは、ぼーとしてしまっていつ咲いて良いのやら分からなくなる。きちんと咲くには冬場の寒さというか、ま、試練みたいなものですが、これが必要だと言うことは、何か私たちの子育てにも通じるようですね。 こんどのお花見は、こんなことも考えながら、楽しみたいと思っています。 ちなみに、冬場の寒さが必ずやってくる東北の桜は開花予想がしやすいけれど、寒い日があったりなかったりの中途半端な南の地方の桜は、開花予想が難しいらしいのです。