猫が電磁波を感じて、地震の前に騒ぎ出す。これを利用した、というか、お世話になるとでも言える、地震予知ネットワークシステムなるもの、を考えてみた。我ながら、たいしたもんだ、と少々科学者気取りになっていたが、じつはすでにある大学で取り組んでいるらしい。
やれ花壇を掘り起こしたとか、フンがきたないとか、鳴き声がうるさいといって、人間社会に対する背任行為でもしているかのように見られているノラ猫。猫は、家畜の中でも、もっとも野生の習性を残している動物なのだから、まあ、大目に見てあげましょうよ。一方で、動物愛護の精神から、もっと地域に生息するノラ猫を手厚く保護していこうという動きもあるようだけど、よく考えてみると、それは地域社会の平和を保つために、猫たちをどのようにして管理するのか、といったあくまでも人間側の都合が先に立っているようで。ここでも、我が人類は地球上で最高の叡智を持つ存在なんだ、と言うおごりみたいなものが気にかかる。
ま、そんな人間のおごりも、一喝するような地震予知ネットワークなんです、これは。
日本全国に、いったいどのくらいの数のノラ猫が生息しているのか正確にはわからないけど、町中を散歩していても、一匹狼風の少し気取ったヤツとか、ちょっとガラの悪そうな怖いおにいさん風、よっこらしょといった肝っ玉かあさん風など。ひとつの町内に最低でも数十頭。そしてひとつの区には何千頭、と勘定していくと、もう頭がこんがらがって、えいっ、ニッポン全国何百万頭だ、と少々乱暴な予測をたててみたりする。
あの、「はい、今夜の関東地方は、南部では太平洋沿岸を進む低気圧の影響で曇りがちで、一時雨が降るかも知れません。」などというお天気おじさんで有名なアメダスも、全国で1300箇所と言うから、それをはるかに超える。このノラ猫たちに地震の予知センサーとして活躍してもらおうというのが、本ネットワークのねらいなのであります。
ところで、ノラ猫、とくに野良猫といった呼び方は、ちょっとぞんざいでヤクザっぽくて、世の荒くれ者みたいだから、地域ネコという風に、何となく社会との共生っぽいイメージを持つ呼び名に変わってきているらしい。ま、それはよいことですね。
その地域ネコすべてに、GPSつきの発信器をとりつけましょう。GPSというのは、そう、カーナビで随分お世話になり万人を地図音痴にするあれです。自分がいまどこにいるか、が即座に分かるこの最新技術を、猫の首輪と一体にできればよろしい。発信器を含めても、何これ、重いなあ、と猫に思わせないくらい軽量化と小型化がまず必要ですね。そのGPSネックレスを着けた猫たちからの位置情報を、地域ごとにネットワークで把握するシステムなのである。リアルタイムで送られてくる猫の位置情報が、ある限界、専門用語でしきい値というらしいのですが、ま、この限界を超えると猫が異常行動をしているのがわかるということです。そして地域ごとに地震予知警報を出す。
はじめのうちは、なんだ、またガセ情報か、こんな信頼できないシステムなんかやめてしまえ、などといったよくて当たり前式の非難の嵐でしょうけど、そりゃ、猫だって、気まぐれに暴れますよ。毎年2、3回恒例の種の保存行事に多忙ですし、たまには隣のテリトリーから来る不心得者のためにケンカすることもある。でも、長い年月かけて、異常行動の原因が地震の前触れ電磁波によるものかほかの要因なのか、データを積み重ねていけば、立派な予知システムに磨きをかけることができるのだ。人間や社会に大きな被害を与える大地震は、数十年か数百年に1回といわれています。ということは、このシステムの完成に数十年かけても、どこからも非難されることはない。
これが完成すれば、もう野良猫はノラ猫でも地域ネコでもない。人類の安全や財産を守る貴重な存在としてその立場を変えてくる。人はこうして活躍してくれる猫たちに敬意を表するでしょうし、猫も思うがままに遊び回れる。これがほんとうの共生なのだ、と考えるのであります。
今回の予知システムは、とりあえず、猫だけれど、ナマズや犬なども可能性はある。でも、ナマズは生息地が限られているし、野良犬はちょっと怖い。ま、そんなことで、ここはひとつ猫の超能力のお世話になりましょう。
こうして考えてみると、冒頭の「動物愛護精神」。ちょっと逆かも、と思ってしまう。この地震ネットワークに限らず、猫や犬の超能力で人が助かった、と言ったお話しは山ほどある。ときどき、人は地球上の動物や植物に生かされているのでは、助けられて生きているのでは、と考えることがある。最近のペットブームをよく見てみると、どうも動物愛護ではなくて、人間愛護のためにペットたちががんばってる、と思えなくもないですね。
大上段に構えて、動物愛護を唱えるのではなく、私たちをサポートしていただくために、生き物たちに敬愛の念をもって接しましょう。こんな視点に変えることが、これこそがほんとうの自然との共生といえるし、また自然や環境とのかかわりも変わってくるかも知れない、と最近感じるのであります。