BtoBコミュニケーション Q&Aシリーズ㊴

《質問》

以前本欄でブランディング手法について拝見しました。そこではプロダクトブランディングが有効だと記され、製品の取扱説明書もブランディングの要因になると言われていました。取扱説明書は私の担当ではないですが、弊社でも取扱説明書の専門部署があります。ブランディングに有効な取扱説明書がどのようなものかについて、もう少し詳しくご教授いただければありがたいと思います。(医療機器メーカー・製品企画部)

《回答》

「認知度向上のための効果的なブランディング手法」の本稿からのご質問ですね。

プロダクトブランディングが有効なのは、とりわけBtoB業界では製品やサービスがメディアよりも遙かに日常の露出が多いことが要因です。いくらメディアを使用して製品や企業の優位性を訴えても、製品やサービスがお客様から信任を得ていなければ好ましいブランドは成り立ちません。その意味ではまず有効なブランディングにはお客様から評価されるものづくりやサービスが不可欠となってきます。

しかし現状は多様なメディアを駆使したブランディングが主流で、製品やサービスの使用現場でのブランド認識率が軽視されています。誰もが経験することですが、いくら素晴らしい広告を行っていてもその企業の提供する製品やサービスが使いづらかったり故障が多ければ当該企業のブランドは一気に低下してしまいます。

ご質問は取扱説明書がブランディングにどのように影響を与えるか、と言うことだと思いますが、じつはブランディングにおいて取扱説明書はいわばエアーポケットのような存在になっています。

素晴らしい先端技術を駆使して優れた性能を持つ製品であり、間違いなく使用者に新たな価値をもたらすものであれば、プロダクトブランディングには極めて有効に作用します。

しかしここでその製品の取扱説明書が読みづらいとか緊急時にどのページを見れば対応できるのか即座に判断できないような作りでは、せっかくの製品のブランド価値は低下してしまうのです。

言うなれば製品と取扱説明書は一心同体でブランディングに寄与しているのです。しかし現実は製品開発部門と取扱説明書の制作部門がほとんどの企業の場合分離しています。ここが大きな課題となっています。

極論を申し上げれば、プロダクトブランディングの基礎となるプロダクトコミュニケーションは、じつは使用者と製品そのものとのコミュニケーションと言えます。しかし現実には製品が使用者に向かって語る訳ではありません。したがってその間に取扱説明書というメディアが存在し、製品の語りを代替しているのです。つまり、プロダクトコミュニケーションにおける取扱説明書は本来は邪魔な存在とも言えます。

とはいうものの取扱説明書なくして製品の操作は不可能でしょうし、使用者側も製品を駆使するに当たってどうしても取扱説明書を頼りにしてしまっているのが現状です。

取扱説明書をプロダクトブランディングの一環として有効に機能させるためにはいくつかの課題を克服しなければなりません。まず、前述した製品開発者と取扱説明書制作者との分離を解消することです。これには製品開発時点で取扱説明書制作担当の参加が必要条件となります。開発担当は技術的な視点でものづくりを行い、取扱説明書担当者は使用者の視点で操作性やUI(ユーザーインターフェイス)に取り組むことになります。

つまり開発者目線と使用者目線とを開発の時点ですでに融合させていることが不可欠だと言うことです。製品開発時に見落とされがちなのは、開発者目線と使用者心理は異なるということです。開発者は性能や機能重視でものづくりしますが、使用者は性能や機能がよいのは当たり前で、むしろ適確な操作やトラブル発生時の心理状態が製品に対するブランドイメージに影響を与えます。

現在はどの企業でもプロダクトコミュニケーションは十分とは言えず、これがコーポレートブランディングとプロダクトブランディングに齟齬を来たし、結果的にコーポレートブランディングの低下を招くことが少なくありません。

プロダクトコミュニケーションには二つの課題があり、一つは取扱説明書によるテクニカルコミュニケーション伝達力の課題。もう一つは使用者の取扱説明書に対するテクニカルコミュニケーション読解力の課題です。これらを解決するためにも前述した開発時点から取扱説明書担当者の参加が望まれるのです。

話はそれますが、今後社会やビジネスの分野では大きな課題が待っています。超高齢化による取扱説明書認知度の低下。製品の高機能化やデジタル化によるデジタルデバイドの問題。オーバースペックとも言える製品の多機能化に反した使用者側での取扱説明書の読解力の低下など。これらの課題は今後否応なく各企業に押し寄せ、場合によれば製品開発のプロセスそのものを大きく改革せざるを得ない事態がやってくると推察できます。

この事態に対応するためにはまずプロダクトコミュニケーションの基本である製品そのものが使用者と対話できる機能が不可欠になってきます。つまり取扱説明書がなくても製品を操作でき、トラブル発生時には適切な対応の仕方を製品自らが指示を出す仕組みです。おそらく遠くない時期にはすべての製品にはAIと音声認識機能が組み込まれ、製品と使用者との対話は実現するでしょう。

さらに興味深いのは、じつは製品の操作やトラブル対応はメーカーよりも使用者の方が熟知していると言うことです。その意味では製品開発時に使用者を参加させることも選択肢としてはあると思いますが、機密情報の管理という側面からなかなか難しいと考えます。それならば、使用者の製品に対する操作方法やトラブル対応情報をクラウドでデータベース化し、さらにスマホやタブレットを製品にかざすだけで機器認証ができ、必要とするクラウド内の情報を得ることも可能になるでしょう。

この場合は使用者がクラウドデータベースに製品情報を入力しなければなりませんが、このプロセスもブランディングでは有効に作用することが考えられます。言い換えれば、使用者による使用者のための取扱説明書がクラウドに存在し、タブレットなどで即座にアクセスできる次世代の取扱説明書(操作指示・トラブル対応)データベースなのです。

このいずれもがまだまだ技術的にもコスト的にも無理だと思われる場合、もう一つの有効な手段は取扱説明書を「読む取扱説明書」ではなく「見る取扱説明書」に変貌させることです。我々の頭脳での情報処理は文章を読むよりも視覚的に見せる方が遙かに効率的です。そのためにはまだ我が国ではあまり普及していませんが、インフォグラフィックスを多用した取扱説明書が待たれるところです。

プロダクトブランディングはBtoB企業では非常に有効ですが、それを阻害している要因として取扱説明書の存在があること、そして取扱説明書を改善するか不要にするほどの製品機能の改革が、今後プロダクトブランディングの観点から重要になってくると思われます。